7年経ちました

55政党というブログからの

実力主義と評価 

自由主義陣営の雇用対策方面(特にフレクシキュリティ)には大変に同意しているのだが、そこから実力主義に意見が合流してしまう部分がまったく飲めない。
ここは何回も取り上げている部分だが... それをより具体的にイメージできるよう掘り下げてみたい。


その人への期待、その人への予測、現時点で見えている環境や結果・・・ それらと比較してどうだったか?が評価を決めている。
ここの部分だけとってみても、絶対値的目安とは大きく異なることが分かる。

能力的なものとは、日々の中で相互の間に答えが出ている。
結果(実績)はそこからの評価に対するベクトルに係っているんだ。

「とにかく、何とかするしかない...。」そのように結果だけがシビアに求められるのは、トップだけが背負うものであり、全体の雇用方針と関係がないだろう。

第一、一人だけのおかげな仕事など滅多にない。
個人が評価されるようではその部署の役割としてふさわしくない・・ な場合はどうする?
評価は誰がする?その評価の正当性を担保するには?


個人や実績を見やすい営業職であっても、虚飾や素敵な気持ちをもたらすような商品を売る場合、誠実でシッカリとした営業マンよりも雰囲気や気持ち・リズムだけが読めるような営業マンが実績を上げることも多いだろう。
誠実であることこそ重要なタイプの営業である場合、説明が下手だったり段取りが不器用だったりするほうが還って誠実さが伝わって評価される場合もあるだろう。
このような例えとは決して稀な例ではない。近頃は、企業同士の取引(本来は信頼関係や対応が重要なハズだ)でも、手ごわい営業マンよりもアゴで使える営業マンを好む権限者も少なくない。


また別の視点で・・ 例えば出世や評価に響くから.. と上司のイエスマンであったとして、ではその人は今度新制度に変わり実績主義になれば、自分の実績を最優先する人になるということだ。
そうではなく、どんな上司であろうと成すべきことを成してきた人は、新制度後もそのように行動していくだろう。

制度が何か問題を生む可能性は否定などしない。しかし、実際にはそれ以前の問題なんだ。


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