7年経ちました

55政党というブログからの

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日本人のための憲法原論② 

さて、中世欧米の歴史とキリスト教が厚くなっている章を読み終えた。
ここまでで7章... 昨日のを含めこれでようやっと半分くらいだ。

ここで出てくるのは、ジャン・カルヴァンの予定説とジョン・ロックの社会契約説、そしてディズレーリの民主主義のルール。ホップスとかウェーバーなども出てくるが、この3名が中心だ。
...きっと政治学なんかはこういうことを勉強しているんだろう、と想像する。
私は政治経済学部(経済学科)だったが、授業に出てきた名前はとにかくケインズしか記憶に無い。


これらの人々の話しを通じて、①キリスト教を現実に適合させるための社会思想 ②キリスト教・ユダヤ教の教えが慣習となって根付いている契約 に焦点を当てている。
マルティン・ルターの宗教改革やオリバー・クロムウェルのピューリタン革命を思想面で支えていたのがカルヴァンのプロテスタンティズムであり、アメリカの独立運動やフランス革命にはロックの思想が重要だったという話しだ。

ここでは憲法云々の話しにはならい。その中の小題としてというか背景としての民主主義を知るための部分となっている。
感心させられたことはたくさんあったが・・ ここでなによりも興味を引いたのはプロテスタンティズム関連だ。

①人は善行をしようと悪行を重ねようと、誰が救われるかなんてわからない。全て神が決めることであり、神の前では人間など皆同じようなものだ。(神の元では人は皆平等。)
②神の基準は分からない。が、とにかく信心することにしか道はない。
③信心するとは、欲も財も求めずひたすら働くこと。
④ひたすら働くことが社会に貢献している。
⑤儲けを上げれば上げるほど、それは社会に求められていることを成しているのであり、どれだけ儲けたかが信心の大きさになる。

これは①→⑤へと、カルヴァンの予定説を信じるキリスト教支持者(のちのプロテスタント)たちが形成(自己解釈)していった世論というか考え方の行程だ。
私の解釈を含むし、細部を端折ってるんでこれだけじゃああまりにも都合がよすぎるように捉えられる方も多いだろうが・・ とにかく、細部キッチリ読めばこの流れに何ら不思議なところはないものだった。
事業をまっとうに行っていくことこそが社会貢献であるとは、アメブロ時代の55政党にてシャープのCSR対策室長さんの話しで取り上げている。
そしてこのような発想は松下幸之助さん論にこそ流れているし、私は当然支持する部分だ。

話し戻って、このカルヴァンの話しに続くのが、ロックの社会契約説だ。
ロックとホッブスの対比(分かれ道)によってとても分かり易いものになっている。
この本の趣旨として本来重要なのは、人間の自然な状態(自然人)についてなのだが、私が注目した部分として強調していきたいのは、カルヴァンの部分と繋がっている。
それは、『権力もルールもなく自然に生活していれば、人間はやがて(食糧など)奪い合いを始める。』と解釈するのがホッブスで、『奪い合うことはせず、労働によって新たに状況を打開する(食料を生産する)のが人間だ。』とするのがロックだ。・・・という部分。
私はこの部分... 性善説的-性悪説的とか、狩猟民族的-農耕民族的と捉えて話しを終わらせてきたものもあったが、基本的にはホッブスを学説的過ぎと捉え、ロックをリアル論だと捉える。それが日々日常を主張している中での基本線だ。

いや、本の本筋に出ているんだが、ロックの主張(自然権)こそが、自然科学的思考で現実を抽象化した妄想に過ぎないものであって、アメリカという国家が誕生して初めて現実に存在しうる話しとなっただけに過ぎない。が、そうではないんだ。リアル論とは、「結局そうなるハズだ」という意見であり、ロックもホッブズもそもそも現実を抽象的に仮定している時点から妄想なんだ。

まあいいや、自分以外何言ってるか分からんだろう。(自分の妄想の話しみたいなもんだ。)
話しを本に戻す。

このような歴史の上に、民主主義は誕生したんだが、その上でもさらに重要なのが“契約”であり、欧米人の多くは契約というものがDNAに染みついている。
民主主義の上でさらにこの“契約”(マニュフェスト政治)を強力に推し進めたのが、ディズレーリなんだそうだ。
欧米人のDNAに染みついている理由とは、大いに宗教に関係があり(ユダヤ教・キリスト教)、そもそも旧約聖書とは約束の聖書旧型、新約聖書とは約束の聖書新型だという。彼らには、契約というのが当たり前に染みついている。
本来であれば、イズラムの教えも同じ一派に属していそうなものだがそうはならず、日本や中国などと共に、“契約”というものの理解がまるでなっていないという話しだった。


それ以外にこと細かく大変にためになった部分があったが、多すぎて書かない。
しかし、今日も腑に落ちない点はある。
ここまでの小室さん論には、“歴史から導かれた正しい資本主義・正しい民主主義”的発想の前提を感じる。
歴史を重視するのであれば、日本においても一応資本主義や民主主義をやってきている。ということは、日本に合った形というものが肯定されてもいいことになるんじゃないか... という点だ。

但し、ここまでの時点で... だ。
また追って。




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