7年経ちました

55政党というブログからの

『信じる-信じない』は自分の問題 ほか 

勝間和代のクロストークにて、『マニフェストから政治家の個性を見抜く努力をしよう』というのが出ている。そのコメントを読んでいると・・ 「信頼できる政治家」とか「自民は信用できない」とかいう発想がよく出てくる。

人を信じるか信じないかというのは、相手の問題ではなく、自分の問題だ。
「この政策を実行していきます!」と言っている相手に対し、「いや、信用できない。」では話しにならない。
まず、『信じる-信じない』がこの点において重視されること自体、人によって分かれる。つまり、それが重要かどうかは自分次第なんだ。
そして、信じるも信じないも自分次第。

それに対し、あたかも相手の問題であるかのような発想があまりにも多い。
「政策を比べよう!」と言っておいて、「信用できない」じゃあ.... そもそも政策を比べる意味すらない。ハナっから分かり切っていたということだ。


そのような、自己への理解不足を人のせいにしてしまうかのような地点から、まずは抜け出さなければならない。

おさらいだ。
①まずは対象が、『信じる-信じない』という対象かどうかを考えなければならない。
②次に、信じるも信じないも・・ それは自分基準の自分判断であり、主語も自分であるということを気づかなければならない。

「私はあなたを信じるわ...」 というのは、信頼関係の表明ではなく、相手への脅迫だ。そんなこと日々やっているわけで、では政治の話しになると何故違ってきちゃうんだろう...。



それと最後に全然別件だが、気になったので載せておく。
教職員:5500人増員要求…来年度予算で文科省方針 ---毎日jp

私にはまず、この毎日の記事の文章が理解できないのだが・・
55政党では、“学歴競争をあおっているのは朝日・毎日”と言ってきているし、教育分野におけるこのような毎日の意味不明記事は大変に気になる。

そして、記事中にもあるように・・ “給食や清掃の職員が減ってきているので、その分教員を増やしてもいい”では、あまりにも本末転倒だ。
給食というのは、業者に委託している割合が増えているのであろう・・ それで公務員の人数は減っているという発想では、あまりにも幼い。
子供だましの屁理屈大会だ。


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