7年経ちました

55政党というブログからの

本当に救いの手を必要としている人をケアし、そして立法に上げて行くことこそ、行政府の果たすべき役目だ。
日本の行政府は、七割方OKなら「OK!」といった感じに・・ 自身の役割を日本のかじ取りかのように想定し、活動している。

そして本当に救いの手を必要としている人というのは、全国全社会セクションに人材網を張り巡らせている行政府でなければ知りようがなく・・・ そういった現場から上に提案が上がるのが本来の姿だろう。

本当に救いの手を必要としている人に自ら進んで手を差し伸べる勢力の多くが、それを利用することに活用する。もちろんそれでも救われるべき人が救われるのなら構わない。
ところが、それに便乗して制度的に範囲を広げていって、結局本当に救いの手を必要としている人には届かない制度に落ち着いてしまうことはザラだ。

これは結局、制度を完璧にしようとする方法が間違っている。
細部を検討していく実務(つまり行政)が必要なんであり、制度よりも部署を明確にしなければならない。
「明確にすると殺到されて判断が効かない。」系の意見があるが・・ その部署はその問題をシビアに丁寧にジャッジしていく部署であるのだから、公平性や平等性にこだわる必要などサラサラないのである。


現在日本で潮流の起こっている「一般大衆革命」は、ただ単に「屋上屋」である。
法案を“上から流す”ルートばかりにこだわっていては一行に細部は救われない。
末端の現状に丁寧に応えていくには、“下から上げる”ルートこそをもっとカガクしていかなければならない。

それは分野の細部詳細という意味での深さも、地方ローカルという意味の広がりでも該当する。



昨日から今日にかけて気になった話題は、ボランティア・地方の高卒の就職口など。
地方の高卒の就職は絶望的だ。
ウン十年前に、ある地方が頑張って工業団地誘致立ち上げに成功した。→それによって人口が流入し、家庭を持ち→子供たちは育っていく。→ところが工場撤退が目立つようになってきた。 ・・・と、この時点で子供の就職口難は見えている。
今現実に“就職口がない”では、もう何をしようにも手遅れなんだ。つまり、先が見え始めていた時に何も対処しなかった人々こそ罪が大きい。いやしかし、そのタイミングで必死に主張している人は結構いる。「そのタイミングで見えてしまった不幸」・・ とでも言おうか。それでもその人らが突破しなきゃなんないのは変われないが...。

結局今となっては、「どうせ地元に就職口はない」とよく分かっている子供当人はさっさと都市部進出を心に決めている。
地方の就職口というのは、地元を離れられない人や離れたくない人・離してくれない人 x学校側の責務意識 という感じで、学校が最低限の役割を果たしたい気持ちの分は割増されているんだろうが、それでも都会への就業支援くらいはやってくしかないんだろう。
自力で行かれちゃあ・・ たかが知れている。それもまた、見えている。そこに手を打たないということは、若者が水商売やブラックなジャンルに就職することを暗に支援しているようなものだ。


話しを戻す。
セーフティネットとは、立法で等しく救うのではなく、行政府が細部具体事案適合委員会の集合体的イメージの組織になればいいんだ。

私たちは、全部自分らで判断することなどできない。できようがない。
だから、判断をゆだねるメカニズムと機関を決め、そして“見える化”しておく。 ・・・というボディ設計で限界なんだ。
たったのこれだけこそが、細部に正しい判断が行き渡り且つ監視下に置いておける理想的なカタチだ。
“全体でひとつのことを決める”ということ自体が無用の長物なんであろう。


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