7年経ちました

55政党というブログからの

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先日取り上げた加藤秀樹さんの著書『ひとりひとりが築く新しい社会システム』を読み終えた。

驚くほど同意する部分はあるのだが・・
やはり厚みの関係もあり、この本は--理論や思い込みや多すぎる知識量のせいで凝り固まってしまった発想をリセットする--ものだと言える。

まあ、肩の力を抜いて、今一度多くを考え直してみる機会にでもなれば良いんだろう。



第二部にて、著者と櫻井よしこさん、松井孝典さんの3者対談のような形式が出てくる。
ここは正直... 「もう読むのを止めようか・・・」と何度も思った。
私にとっては、知性に秀でた方々の雑談のようなものだった。基本的には3者の“持ちあげ大会”となっていて、それぞれの距離感が良く伝わってくる。

おっしゃることには一理も二理もあるのだろう.... 日本とアメリカ・中国などとの“差”を通じて考察をしていくのだが、基本的に『何か正解が存在していて、それを目指さなければならない』かのような背景を感じるんだ。私には、それらの発想のいちいちが、何故全体が目指さなければならないのか?がまったく理解できない部分だった。
基本的な内容は、愛国心方面だ。別に愛国心もいいんだろう.... そしてそれが思っている以上に多くに影響を及ぼしている可能性だってあるのだろう.... しかし、全体がそれを強化していくべきかどうかは別の話しだ。


そのような話しがありながらも、以降の章は『官と民』『公と私』『人材育成』『倫理』と続いて行く。加藤さん自身の意見ではないものもあったが、この後半は一気に読み進めることが出来る内容になっていた。

アメリカとの対比を通じた「官」と「民」の役割分担の項など・・ ここまで明快に示していると逆に、第二部はいよいよ趣味や世間話の扱いにしかなれないように思うんだが、それでも加藤さんは長い歴史の流れから学ぶことを重視しており、その辺が絡んでいるという意味で矛盾がないのであろう。

55政党が主張してきた内容と猛烈にかぶる部分があり(この本は2003年に書かれているけど、私は一切読んだことがない)、それを抜粋しよう。
■■□
システムや装置は「善き社会」のための単なる必要条件に過ぎない。決定的に重要なのは言うまでもなく、そのシステムや装置の中にいる人間である。つまりどのような良質な人材を持つかなのだ。ひとつの国の中でどういう人材が育っているのか、その中からどのような人物がリーダーとなっていくのかということが大事だという点を忘れてはならない。
□■■

・・・まずは、加藤さんの主張は演繹的過ぎる類のものではないと分かるだろう。

そしてここから、専門家の育成やキャリアアップの仕方、公務員の役割や倫理などに話しが及んでいく。大学院の部分を読んでいると、日本がいかに“学んだこと”を軽視しているか分かる。

ちょっとここから本書と逸れての55主張になるが・・
教育方法や内容とは、先輩世代が学んだものを反映させ、積み上げていかなければならない。日本ではきっとそれも出来ていない。学んだ内容が重視されないことと、教育の内容が進化していかないことは、恐らく同じことが主要因であるハズだ。

教育の内容こそが、その国家の国力を試されているものであろう。
日本では、相変わらずの「愛国心vs人権・平等・平和」の戦いである。教育は本来、国家が積み上げたノウハウを次代に引き継ぐとても重要なものだ。

本書では、日本人が不得手としているスキルについてちょくちょく出てくる。
それらの多くに共通しているのは、アイデンティティで間違いない。
度々の主張なんだが・・ これは日本大好き陣営が主張する文化人類学的アイデンティティ(存在証明)ではない。これは客観視の話しだ。
それを習得できるプログラムを組めれば、日本人が不得手としている多くのスキルがクリアになる。それを教育に反映させることが出来るのが、国家の教育というものの真の姿だろう。

そして本書でも触れられているが、“正解のないような問題を考える力”が不足している。
これもただ単に、帰納的思考の話しである。帰納的思考というものそのものを、もっとカガクしていけばいいだけの話しで、それを教育に反映させることができれば、それは成し遂げられる。
そしてそのような姿こそが、国家の教育の姿であろう。

このようなことを確信している私にとって、それを教えるのに最も適していないような人々が教育に携わり続ける現状は、国家的犯罪に近いように感じられる。



最後に、日本を開国させた米国の初代総領事 タウンゼント・ハリスがらみの部分を取り上げたい。
本書によれば、ハリスは欧米的秩序を日本に無理やり押し付けたことが、果たして日本人にとって幸せなことなのかどうか疑問が残ると言っていたそうだ。

欧米的ジャイアン姿勢とは、「相手にとってもまた、いいことのハズだ」と思うからこそ、自信満々に押し付けるわけだが・・ その自信が揺るがされる実情風景がそこにあったわけだ。

チェンバレンという人や、ハリスの通訳であるヒュースケンスという人の感想も、“とんでもなく遅れていて、きっと貧困や不満が溢れているであろうと思っていたその国のどこかしこに笑顔が絶えず、そして悲愴なものを見出すことが出来なかった”んだそうだ。


日本人の真の価値、そして世界から評価されている部分とは・・・ 日本人個々の善良意識の高さと、基本的信頼にある。そしてそれは単一民族の長い歴史や相互監視・プライベート介入であることに助けられている。
「当たり前」や「常識」が通じないこれからの他民族社会、そして個人主義時代にあって、このような民度・志の高さや基本的信頼姿勢を保ち続けられるかどうかこそが、全世界的に見ても大変に重要なことであろう。
それを実践してみせることこそが、本当の愛国心である。


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