7年経ちました

55政党というブログからの

雑誌『選択』3月号 

しばらくあけてしまった。ここのところはパソコンの自作というものにハマっていて.. PC自体あまり稼動していなかった。

さて、時事ネタや通常巡回サイトすらろくに見ていないため、現在の話題の中心はまったく見えないが・・ とりあえず『選択』の見解を並べておくことにする。

選択3

まず感心したのが巻頭インタビューで、加藤徹(明治大学教授)という方の話し。

中国共産党および国民のホンネとタテマエについて、そして中共の真の強さ・共産主義にこだわらない部分など、わずか1ページで見事に包括されている。


そしてちょっと列記していくが・・

・インドがバングラと接近
・インドVS中国に注目
・イランは言われている以上に危険
・パキスタンはタリバンへの裏支援を強めている
・ユーロ危機でギリシアが問題児かどうかは微妙
・小沢さんはもうダメっぽい
・オバマは早くもレームダック
・アメリカのトヨタ叩きの本命はスマートグリットの規格獲得
・通信行政をゆがめた元凶は、寺崎 明 総務省総務審議官であり、この人は現在もライン
・日銀白川総裁もこのまま無策で進んでしまいそう
・EV車は燃料電池車が本命であり、パナソニックは攻勢体制を整えている

これじゃあ目次を羅列しただけのようではあるが、私が読む限りどれも十分に納得できたものであり、私たちサラリーマン大衆諸君にはそんな判断が出回っていることだけわかってれば十分だろう。


最後に、精神鑑定の世界(副題:これでも日本は法治国家か)というのが大変良かった。
55はそもそもそっち方面がやや厚い。

但し、内容は私の日頃の主張とは大きく異なり・・
『選択』では、「心身喪失」等、精神鑑定の結果を採用するかどうかは結局司法のジャッジ次第で、自分らの判断にそぐう鑑定結果を利用しているに過ぎないという視点の話しになっている。
心身耗弱どころか.. 心神喪失の鑑定まで無視されたそうだ。

55政党では、精神鑑定を採用すること自体を問題としている。(もちろんそれには現行刑法を変えなければならない。)それは、精神鑑定が信用できないから・・ なのではなく、成人である以上精神状態に関係なく犯した罪の認定を受けるべきで、罰則は減刑ではなく当人の状態に即したものにすべきというもの。
当然この話は罰則に係っていることでつまりは、私の主張も精神鑑定を採用している。但し、重要なのは判決と罰則は別けて考えなければならないということだ。“心神喪失者の行為は罰しない。”であっても・・ 有罪は有罪としてまずは線を引かなければならない。

基本的に間違ってるのは、罪を犯した人の状態や様子で犯したことへの判断が変わることにある。
罪を犯すこと自体がその人の問題性の証明なのであって、順番が逆になってしまっているんだ。

心神喪失だろうとなんだろうと、犯した罪自体の重さが変わるわけがないわけだ。
自己と自己以外(つまり社会)を結ぶ線が何色だろうと何製だろうと、その結んでいる線自体は変わらないわけで・・ つまり各個人が自己以外へ取るべき責任(つまり契約)は状態等によらず等しいことが大前提でなければならない。
この部分.. 否定される覚えがあるとすれば、被害者側の心情を罰則に反映させるという機能の部分のみであろう。それだって今時シンプルではないし、むしろ弊害も多い。

ノーマルとアブノーマルが明確に分けられるのであれば、鑑定が軽視されることがない。
そして明確に分けるのが難しいのであれば、判決にあまり反映できない。
いぞれにしろ重要なのは、罪を犯した当人を“どのように社会復帰させることができる社会なのか”に懸っている。


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