7年経ちました

55政党というブログからの

今日ははてブランキングで大変新鮮で素晴らしい文章を発見した。
その方のその他エントリーも、繊細で、細心で、且つ非常に論理的な主張をしている。

内容は主に性や暴力の規制について。
ちょっと前から話題になっているテーマだから.. 今厚く議論しておくのはいいかもしれない。

言ってる内容は大変論理的で.. 論理面で左右を別ける深さの部分がどこにあるのか、私には分からない。理解できない。ただ、法規制について重要なのは、社会と自分の関係性についてであって.. 件の内容について論理的な話しが進んでいくと、社会と自分との関係性から逸脱していってしまうことは理解できる。


社会にはいろんな人がいる。
幸いタイトルのように病名が付いてる人もいれば、“何とも言えないが・・ アブノーマル”な人もいるだろう。
しかし、そんな自己達が形勢する社会では、各自がどんだけ何だろうと.. いち社会人として等しく扱われるよりなく、逆にどんだけ立派な病名が付こうと.. 社会からはいち社会人として扱われなければならないし、扱うより仕方ない。経済的・人的支援をすることで等しくいち社会人として扱ってない!と解釈することもできるが・・ それは方向が逆で、社会人として社会に着地させて上げなければならないからこそそれを目指す現実的な手段として存在していて問題ない。

彼女に対する幼女の頃の罪は.. 大変に重い。現在まで数十年それを引きずっているようだ。しかしだからと言って、そのようなことが繰り返されないためのあらゆる手立てを講じるベキかどうかは別問題だ。

社会政治と私たち個々が結ばってる線を考える時.. 誰が何をどう思っているのかという部分には触れることは出来ない。ここは実際に誰が何をしたのか?という深さで止めるよりないんだ。※明らかに監視されるべき対象等は別にして。
但し、コトが起きた時にそれを解決するためのチャンネルを、皆に等しく用意されていることが必要だ。
そしてコトが起きないようにすることは法律の外にあって、各社会人一人一人に要求されている相互関係性だ。


そしてテーマとなっている大変深い議論も.. 結局は ●現実を受け入れること ●存在を認める(許す)こと が隠れたメインテーマになっていることであり、そこを回避し続けた上での議論は深さに矛盾していいる。


きっと、精神・心理の専門家からすれば、“犯罪並みだ!”と思えるような日常のそれとない行為などいくらでも存在している。そうであっても、各個人と社会を結ぶ線で線引きするしかないんだ。

現実を受け入れるしかない!
・・それがとても、強かったり、残酷だったりと感じる人はいるのかもしれない。
しかし、それを認めずに抵抗し続けたとしても、受け入れたうえで過ごしたとしても.. 実際にその人の周りに起こる出来事自体は何も変わらないハズだ。
つまり、受け入れるしかない。

同じような不幸が人的もしくはどうにか出来ると思われる要因によってもたらされたからこそ、苦悩する。
どうにもしようもないものだと思われることによってもたらされた場合、それは悩まないだろう.. 選択肢が存在していない。


だからつまり、社会が有意義だと感じる考察は、●現実を受け入れること ●存在を認める(許す)こと の科学の促進にあるんだと思う。
そして人には感じない恐怖に怯えているからこそ、それを守ってくれようとする伴侶が現れた可能性は否定することは出来ない。

私には、ひとりで生きていける強さがある。そしてどんなことでもやっていけるような器用さがあるという。
さらには、面と向かってるだけでプレッシャーを感じるほどオーラを感じる人もいるという。(まさか!)
...であるならば、私はもっと不器用で、そしてもっと欲深い人間になりたかった。

アンディ・ガルシアが主演の『男が女を愛するとき』がリンクする。
愛情一杯で何でもしてくれちゃうし、何でも出来てしまう素晴らしい夫と.. それゆえに悩む妻。
そしてそんな心情まで汲んで、そして受け止めようとしてしまうからなお辛い。

わざと手を貸さないようにするのは、私も普段平気でやる。しかし、わざと気付かないフリをするのは難しい。
既に気持ちをくみ取る(感じ取る)ことが出来ることを知ってしまっている相手にとって、こっちがどうしようが、相手は「感じ取っている」と思っている。
そもそも相手の気持ちに気付かないような人にとっては贅沢な悩みだろう.. しかし当人たちは同じように悩む。
「いいに越したことはない」とか「大は小を兼ねる」わけではないんだ。
対人ということになれば、そうはシンプルにいかないんだ。


被害者はいないという大きな男の人たちへ
表現が規制されるのはその表現が既に暴力で脅威だからYO!


そういえば.. 暴力を過度に否定する現職大臣がいる。ひょっとしたら当人こそがパワー信奉なのkぁもしれないが・・ そんな部分を注目こそすれ、その大臣を否認したりはしない。
私とその人を結ぶ線は、『国民』と『代議士』でしかないから...。






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