7年経ちました

55政党というブログからの

私たち一般大衆に必要なのは、国内総生産ではない。国民一人当たりのGDPだ。

日本は防衛はアメリカにやってもらってきた。
なので、日本と言う国の規模は、そのような面ではそもそも必要ではない。

世界には、国民一人当たりが大変に豊かな国がある。
そしてイギリスのように.. 規模もイノベーションも過去であるのに、引き続き経済的な枠組みにも口をはさめるだけのチカラを持った国がある。
それはきっと、そのような戦略をしっかりとカガクして取り組んできた社会セクションが存在しているのだろう。


現在の日本に感じる疑問...
それは『何故規模を追うか?』だ。

私たち自身、この期に及んでまだ「日本ってこんなにすごい!」とか.. そういうのが大好きな人たちが多くいる。残念だが、自身に誇りを持てないのであろう。
自分が時間を費やして、為してきたことを評価される。それこそが処方箋なんだが、そんな私たち鴨大衆以外にも、『規模が必要』な方々がいる。

この国を食い物にしている方々だ。
大体、私たち鴨大衆には何の関係もない社会セクションが多すぎるでしょう?
医療や年金は、結局裕福な方々や公的な方々が一番にその恩恵に預かっている。
あえていうなら生活保護ぐらいは、そんなひとらに関係ないけど... 実際に自分達の周りを見渡した時、それを活用している人の多くは、ホントに窮している人よりも制度を利用することに長けた方々だ。

業界団体も、公共機関も、産業育成も.. 今や私たち一般大衆に何の関係もない。
何よりも行政縮小を訴えるベキは、私たちなんだ。

国家の規模が大きいのが大事なのは、国家を食い物にしている方々なんだよ。

怠惰で自堕落な私たちは.. 自分らが好きでやってるようなことをどんどん深めていこう。
そうやって各分野が深化し、そして分野自体も多岐に渡って広がっていくことこそが、多くを切り開く道となるハズだ。
なので国家に重要なのは、「好き」と思える意思を生み続ける健全な人間性の育成であり、間違っても「いじめ反対!」でも「人間平等!」でも「日本大好き!」でもない。

つまりこれこそが、国家教育の義務であり、カタチだ。
但し、55では何度も言っているように.. 人格形成は第一義的に扱ってはならないので、あくまでも教育は教育を極めていくことが重要だ。



それともう一点...
老いて行く上に、若者当人ら自身が未来を切り開く意思を持たないニッポン...
規模を追い続けるからこそ、外敵に意識される。
カナダやオランダやルクセンブルグは、何故そう悠々自適に世界を渡り歩けるのだろう...

日本は身の丈に見合った、小粒でピリリと辛い国家であるべきだ。
国防や外交にも『規模を追う』ことの弊害は表れている。


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