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公教育に求心力を 

はてブのランキングで気になったもの。
セクハラサイコロ・私の知る話 ---Togetter

この様子だと、どうやらテレビなどでは随分話題になっているようだ。
まず重要なのは、メディアに訴えた側がその前に学校及び教師間での処理内容及びそういう取り組みがあったかどうか?であろう。

あとは知らん。
そしてやはり教育...

公教育に求心力を取り戻すことが重要だ。
ここでは、人間育成などはそれを目的とした行動は宜しくない事を幾度となく主張している。
重要なのは、取り組むべき本業を強化することにある。
そのことこそが、副産物的に人格形成を助けていくんだ。

そしてニュースになる事柄から感じるのは、世論等で取り上げる内容の多くが、道徳や人間性に関するものであって、やはり本業での評価を一切聞かない。


人格形成などにおいて、それを第一義的に扱ってはならないということを認めない人は少なくなかろう... しかし、そういう人らはきっと他人の意見など聞かない。なのでここでわざわざ説明することは割愛する。

重要なのは、いかに学校の本業への求心力を回復するか?にある。
つまり、学校の成績を入試の代わりにすべき!ということだ。

学校の授業での成績で、生徒の評価が決まる事。
もちろんこれは内申点ではない。
テストの成績だ。(文化方面や体育は別だが。)

この部分自体に難しい部分はない。公教育では、小学でも中学でも、その段階で習得しておくべき事項は決まっている。なのでテストの内容も何なら全国一律でもいいわけだ。

難しいのは高校進学に関してで.. 例えば千葉なら千葉高は500点満点中480点以上、と定めるにしても... それでは学校が自ら進んで成績の順列秩序に従わなければならなくなる。
それでは千葉東は一生千葉高の下だ。


話しは前後する。
この話しは、学校の勉強が進学に威力を持つようにしていくことが重要だと言う話し。
塾の勉強だけが大事だから学校の空洞化が起こる。
そして下らない活動が増えていくんだ。

また、子どもたち当人が望んでいない関係性などを無理に作ろうとしても... 返って傷が深まるばかり。
学校では、厳しい本業をゴリゴリ推し進めていくことが望ましい。
そのような共通の問題があるからこそ、子供らは勝手にはけ口だったり、連携だったりしていく。
そんな関係を強要されたり、スポットを当てられたりしないからこそ、別にハブだって気にすることはない。

さて、進学校においては順列の固定は望ましくは無い。なのでその部分については別途対策を考えなければならないが.. まずこの制度で考えていきたい部分は別にある。
学業をゴリゴリやっていくことで、一律の勉強からドロップアウトしていっても差し支えない層が発生する。
つまりは、早期に分業化専業化の道を作っていくことを推進すべきだ。
それは文化方面でも、手に職方面でも、芸能でも何でもいい。
重要なのは、現代が積み上げてきた個々のノウハウ.. これらの結晶を教育に反映させることだ。

例えばフランスなら.. ワイン作り(ぶどう栽培家でもいい)のせがれは、ボルドー大学などで醸造学を学ぶ。
日本には、“手に職学”はないのだろうか?
サブカル学でもいい。
まあこれは大学での話しだが、つまりは大学を多分野化させる必要がある。
それに伴って、高校段階から枝分かれが始まっていく流れが重要だ。

それによって、勤勉なエネルギーは多岐に浸透していく。
学校が学歴秩序形成の道具である時代は終わっている。
つまりは、身になるものを身につける機関に変わっていかなければならない。

義務教育は、それは当人ら自身は生意気な口を利くだろうし、いっぱしなことを言うだろう... それでもまだ子供だ。義務教育をゴリゴリやっていかなkればならない。
重要なのは、学校の勉強に取り得もなければ魅力もない。希望も見えないもしくは他分野にこそ興味がある子供らを、各分野が拾い上げていけることが重要なんだ。
そうやって.. 社会国家が積み上げてきたものを早期にリレーしていけることが望ましい。

本業回帰だ。

日東駒専で今さら産業経済学とかやってどうする?
であるならば、もっとその先に役に立つものを教えていくべきだろう。
まあそれらは私立なんで、まあ言ってもしょうがない。
政治主導で変えていくことが出来るのは独行大学。

例えば新潟なら、進学系であっても、新潟なりのものがあるだろう。
千葉なら千葉なりのものがあるハズだ。
千葉大はみんな学校の勉強は結構優秀だけども.. 例えば畜産に絡む経済学だったり、商法だったり、国際法規だったり。空港に絡む政治だったり、企業連携だったり.. そのことに絡むそれぞれの各分野学問は有用なことだ。

例えば介護分野に進みたいとして... 法関係、将来の見通し、医療従事者関連、介護自体、尊厳、運営帳票、サービスなどいくらでもある。
現状では福祉専門課程でそういうことを学ぶ。しかし、介護職は介護職だ。その人らが学んでいくことも十分にアリだろう.. しかし、運営等を主にやっていきたい人だっていよう。そして官製産業な構造を打破していけば十分にニーズもあるハズだ。

小さな専門卸であっても.. ひょっとしたら為替を知らなきゃいけないかもしれないし、新興国の動向を知らなきゃいけないかもしれない。国際規格の動向を知らなきゃいけないかもしれない。資金供給の方法を知る必要があるかもしれない。

このようなことを学んでいくことこそ大学だろう。

そこをどうにかするするからこそ.. 高校の早期細分化は実現される。
それによって、勉学研究オンリーな層は大分限られてくる。その中の一部が官僚になるもよし、学者になるもよし。

どうせ当面は学校が余っていく。
いずれにしろ特色を出していかなければ潰れる。
現状のままで潰れないための資金を流し続けるなどなお無意味だ。


話しはすっかり元に戻って、小中の人格形成。
本業を突き詰めていくからこそ、真の人間関係の形成が必要になる。
『仲良くすることは良いことだから』仲良くする... 寒気がするでしょう?
そして学校の成績が進路を決めていく。
であるならば、教師も学業をより一層研鑽してける。

もちろん、世代なりに取り組ませるための努力は個々にあろう... しかしそれは昔っから取り組んでいる事項だろう。


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