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『当時19歳』に死刑はありえない

国家というのは、どこにもないですね。
国家は、場所でもモノでもなく.. 私たちの頭の中にあるもの。
本来的には、私たちが支持をする政府権力が実効支配している部分を指すものだ。
それでも国民は、生まれたときからその秩序の中に組み込まれているから、何も意識しなくても国家は存在する。


果たして、現在の国家というのは本当に国民の役に立っているのだろうか?
もちろん、国民の利益を守る!として守ってもらってる部分は大いにある。
しかし一方、問題を起こしているのも国民より国家のほうにあるケースが多い。

おかげさまで五体満足、そして至って健全に育った私のような普通のサラリーマンにとって..
恐らく国家は、在るよりも無い方がありがたい。
雇用や経済は自分で何とかしている。
国家が国内企業を支援できているとは到底思えない。
そして多くは、病院になどめったに罹らない。
自分の身は自分で守っている。

その代り、守るべきものができたときには.. 大いに安心感だけ頂戴する。
重要なのは、実際に行使される行政・政治ではなく.. その安心“感”のほうにあるが、“感”を醸成するには、地道な実績や実行部隊がなければならない。

なので、『国家があるよりないほうがいい』というのはホンキで言っているのではない。
そのような時期には、負担はするが、メリットは少ないというだけの話しで、その分将来への安心はしっかり頂戴している。



昭和40年の平均寿命は、男67.74歳、女74.66歳。
平成16年なら、男78.64歳、女85.59歳。
だから現在は、ざっくりその頃より11歳寿命が伸びている。

また、現代の子供たちは明らかに思考能力が早熟している。
それでも、学校の学年や選挙権の年齢は変わらない。

さらに、現在は子供のような大人が増えている。
まあ、国民の自由度が増し、個人差が認められて、均一化が崩れているだけと捉えられなくもないが..
もし寿命がずっと短かったら、人生はもっと凝縮することが多いだろう。

大雑把に言って、大人のような子供は増え、子供のような大人は増えている。
しかし、成人の境は20歳のままだ。
そもそも、この20歳に根拠なんてありようがない。
まったく判断・分別のつかない20歳もいれば、どうしてそこまで達観してしまってるんだ?と思える19歳もいよう。
つまり、このラインというのは、形式的に線引きするしかないからそうしているようなもので、正当性もなければ能力云々とはあまり関係がない。

そもそも国家というのは、対外的には守るものとして存在するが、国内的にはこれは契約書の束でしかない。
無理やり判を押されているようなもの。(対外的には、理屈が通ろうが通るまいが、自国民の利益を守る。)
国家というものは実体は存在していないが、その骨組みは契約書でできている。

であるならば、その契約書を取り交わすことのできない(選挙権がない)20歳未満を、たとえどんな理由であろうと死刑にすることは出来るのだろうか?

素直に考えた場合、それは国外問題のような姿勢になってしまう。
とにかく国民の利益を考えて排除する発想だ。
そうでなければ、奴隷のような存在であると認めなければならないことになる。

ここでは常々『選挙権を持たないうちは親や社会の所有物である。』としてきている。
なので、所有されている当人に責任を取らせるような始末はあまりに理不尽であることにもなる。

「犯行当時は19歳と言ったって.. もう十分実質は大人だ。分別はつく!」 ・・と言ったところで、19歳では、当該法規を変えることもできなければ、自らの意思で参加していると認めることさえできない。
実質、実質と言ったところで... 一方の手で私たちは、その権利を認めていないんだ。

20歳というラインは、実質とあまり関係がない。
もうとても判断のつきようがないと思える痴呆者だって、精神疾患者だって、20歳を過ぎれば政治に意思・判断を下せる実行力を手に入れる。
日ごろずっと自分の世話をしてくれている人が「おばあちゃんいつも○○議員をひいきにしてたよね?!」と問いかけ、その議員に○をすれば、それも確かに1票となるんだ。
※もちろんおおよその妥当性で引かれているラインであろう。だが別に、年齢で線を引かなければいけない理由はない。これは現実的な行政上(実行力)の手続きだ。


この形式的な20歳というラインは、私たちが半ば強引に取り決めている線だと認識しなければならない。
それは、そこに忠実でなければ.. 唯一の根拠さえ失ってしまうものだ。

なので、当時19歳で死刑はありえない。
同時に、精神云々とか事情が云々などに関係なく、基本的に同じ判断を適用されるべきともなる。
それでこそ、筋が通るというものだ。※罪は同じ。罰を変えるのが有意義。



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  1. 2010/12/04(土) 13:48:11|
  2. 市民・国民・大衆
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【一般市民の側から政治を考える】
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