7年経ちました

55政党というブログからの

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メディア構造の再構築 

以前テレビをオンデマンド化すべき!及びオンデマンド化されない理由といった話題に触れた。
これはその上での話し。

一応整理すると、

【オンデマンド化すべき!】の話し
・テレビをそのまんま流せばいい
・簡易登録でCM効果は絶大
・視聴率などはあまりにも明快
・ソーシャルメディア連携で楽しさも深さも拡がる
・キー局にとって、デメリットなどほとんど見当たらない


【オンデマンド化されない理由】の話し
・地方局の存亡に即関わる
・民放の団体は、地方もキー局も同じく1票
・マスメディアという観点から、新聞の存亡
・テレビが売れなくなるのか?(妄想)
・公告代理店が困るのか?(妄想)


ということを、完全なシロウトの意見から、そして池田さんらのU-stを見て主張した。
そして今から主張するのは、あくまでもテレビの全オンデマンド化を目指した上での主張であり、新聞にも関係してくる話し。


おおよそざっくりとした話しだが、まず、構造を変えるべきだ。
まずと言っても、こここそが一番に難しいのだろう。

その構造とは、
●ローカル及びマニアックがそれぞれ報道なり制作の手足を持つ。
●メジャーはそこから拾ったり、買い上げたり、統合したり、深めていく役割を担っていく。

これだけ。

その効用は、
①嗜好の深化・細分化に沿う。
②個人エージェントへの道を歩まざるを得ない記者・ライターを秩序に留める
③シロウト側からの参加を促す
④世論や議論を深化させられる。


テレビで言えば地方局、新聞でいえばメジャーすべてが、今現状で崖っぷち一歩手前に立っている。
しかし、この構造で行けば、そもそもの手足を担うのがそこになる。
また、テレビ離れの一旦は、メジャー自身が担っているとも言う。つまりはつまらなくなっている。
それは企画のマンネリ、売れてるタレントへの偏りなど.. ただ単に、メカニズムが現代と合わなくなっているに過ぎない。

それに対し、メジャー自身が自ら変わる手はある。それをしない場合、私たち一般市民に出来ることは、それを選ばないということだが、市場寡占連合の強固なメカニズムがそれを拒んでいる。
この場合に出来ることもまた、私たちの側から何かするしかないわけだ。

そしてそれは大変に困難。ここではとりあえずいい案など思い浮かばない。
しかし、地方局やライター・記者自身、ネットメディア、シロウト放送局(U-st・ニコ動など)であれば.. いくらか手段はなくはないだろう。

そして強引でも何でも、政治のチカラでとにかく全オンデマンド化を可決してもらって、メジャー・ローカル自身に変わってもらう方法のほうが合っているのかもしれない。


まず、そのような構造に変えたと想像して考えてみて欲しい。

シロウトのようなプロは台頭する。ところがシロウトには恐らく、継続していくチカラはない。もしかしたら副業程度のまま続けるかもしれない。
しかし、メジャーは拾ってくる役目を担っていく以上、常に求められるものを探してくればいい。

新聞でもそうだ。
どうでもいいニュースが全社から一斉に流され続けている現状では、その質の低下など心配がない。
そして記者・ライターは、ただのサラリーマンか、元から一匹狼だということになる。
そのようなスタッフを抱える拠点が増えると言う事は、現状よりも“いくらかいい”のは間違いないわけだ。

そして、各マニアックな分野にもセミプロでもプロでもいいのだが、とにかく予算と人員は今より増えていくことになる。
それぞれの分野はそれぞれに深化していく。

引き続き法外なギャラを必要とするごく一部のタレントなどは、それはメジャーが作る番組にのみ登場したらいい話しになる。


プロがアマっぽくなりアマがプロっぽくなってきている現代では、ネットの構造と同じように、情報を集める能力、選別する能力、活用する能力のほうが重要になってきている。
つまりこの構造と言うのは、メディア自体もそうなればいいというものだ。

そして55政党でわざわざこだわる理由もここにある。

皆で同じ情報を拾ってきて、すかさずご意見番の意見を聞いて、ヒステリックに吠えまくる。
その姿は、恣意的に活用したい人間や権力の、まさに“いい鴨”であろう。
げんに近頃は、多くの踊らされた事案が、ヒステリックであり、事実の丹念な観察を経てみるとまるでバカバカしかったという話題が増えてきている。

集めてくる、拾ってくるのは各末端が行う。それを選別し、議論に上げる存在をメジャーが担う事は、日本の世論と言うものがそのままレベルアップしていくことに繋がるはずなんだ。
何なら、そんな各末端で上がっている話題をヒステリックに拾ってくること自体を、私たちが担ってもいい。(と言っても、メジャーが拾ってくる原理は大方そこに近いだろう。)
そうすれば、きっとその事案を別視点から捉えたニュースもどこかで行われているハズだ。
そうやって、それぞれ同じ事案をいろいろな角度から拾って、検証して、深めていくことが可能になる。


当事者でない分、差し迫ったリスクが見えない。
なので当事者には気が気でない部分も含まれているであろう。
しかし、大よそ誰にとっても損のない構造ではないだろうか。

おっと、“いい鴨”を飼っている方々にはデメリットか。


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