7年経ちました

55政党というブログからの

引き続き、小室さん論関連。
小室直樹さんを検索していたら、白石隆さんという方の過去の記事に繋がった。
2001/04/30 私における小室直樹

そして今度はこの中を見まわしていたら、副島隆彦の名前が出てきた。
2002/03/22 副島隆彦及び陰謀論について


私は随分前に、この方の意見を大いに反対している。
私が読んだ本は1冊だけだが、正直、ほっとんどを同意できなかった。

これを取り上げた理由でもあるのだが、前回の件とかぶるのは“目的と手段”についてだ。
行動の起源の多くに目的はある。しかし、「思想信条の自由は絶対に保障されなければならない」以上、政治がいじれるのは手段なんだ。政治が目的を操作する時点でそれは計画統制国家となり、その目的がどんなに民主主義を目指すものだろうと・・ 支持できないことになるわけだ。

同じように陰謀論の重要な点とは、そのような目的を持っているに違いないとして論をスタートさせれば、そのように取れなくもないものなんだ。
松下幸之助さん論で出たんだが、「失敗したところで終わりにすればそれは失敗になる。成功するまでやり続ければそれは成功となる。」
どっからどこまで都合よく切り取って判断するかは陰謀論者当人に任されている。どういう目的で臨んだかどうかなんて人間の関わり(つまり広義のコミュニケーション)には関係がないんだ。人間の繋がりとは手段にしかない。

ロックフェラー(デーヴィットだろと誰でもいいが)が偉大なら偉大なほど・・ 当人が死んだらそれで終わりという解釈にすることもできる。経済を大きく仕切れば仕切るほど、当然その後の経済はその前に仕切っていた勢力と関わりがある人だらけになる。繋がりだけ追えば、それは当たり前の話しになる。血のつながりについても.... じゃあ、鳩山という兄弟の政治家が自民と民主で分かれているが、それを説明することだってできないじゃないか。

そんなものはくくり方ひとつだ。
さらに、私たち個々は、それとどう関わるか・・ しか関係がない。

つまりどちらも、目的と手段の間に問題を抱えている発想なんだ。
だからこそ、議論がご近所さんなんだろう。

合理性とは、どれだけ長期展望を描けるか・・ を問うものだ。
しかし、それで人々を動かしていいかどうかはまったく別問題だ。
目的への介入は大変にいかがわしい。
そして、真に議論を煮詰める必要があるのは目的にあり、目的が多くの一致を見るまで議論していくことこそが重要だ。


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