7年経ちました

55政党というブログからの

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
CM: --
TB: --

しつけ、子供の自由 

しつけとは、理に叶っていようとなかろうと、合理的人生に有効であろうとなかろうと・・
いいものはいい、ダメなものはダメだという存在を認める(させる)ことだ。

丁寧に根拠を示し、理論的に納得させる方法を取る親を良く見かけるが、
大事なのは、親が言っていることが合ってようと微妙だろうと... そのような理不尽なルールの居場所を子供当人の中に作ってやることにある。

論理的思考は、算数や数学で学べばいい。
人生の成長とは葛藤にあり、当人も納得ずくでの知識の吸収とはつまり、何の成長にもなってやしないということになるわけだ。


そして、子供当人の自主性に任せるスタイルも幅を利かせている。
私はシロウトだ。そのことによる効果が何かしらあるのか知れないが・・ 私にも分かること、それは実存と頭の思い描くセカイが乖離してしまっているということ。恐らく、そのようなスタイルを採用している当人自身にも説明が付いていないであろう。
子供とは、「あなたの人生よ」な、わけがない。
子供とは親の意思で生まれてきたんだ。親が子供に望む人生を押しつけなければならない。
「生きる意味が分からない...」
だから... 「生きている」んではない「生かされている」んだ。
ただ、それを「貫け」と言ってるんではないよ。そうであっても子供が突破していくのを影で見守ることこそが素晴らしい。

私は、55政党で「存在を許される」ことの重要性についてを何度も取り上げてきた。
つまり、親が自分らのために子供を産み、自分らが子供を必要としている時点でそれは実現されている。逆に、深刻な事態に陥っているのは、親が当人(子供)の存在を望んでいない場合にあろう。
「生きる意味」に迷うのは、「自分が存在していい理由」にも大いに絡んでいるハズだ。

ここで勘違いしてはならないのが、「子供は親の私物」ではない。親のストレス発散のために子供が使われるのは深刻だ。「子供は親の丁稚」であり、人格を認めた上で、どんどん自分の都合のいいように使い倒してやればいい。

合理性は、子供のころからトレーニングするものとは違う。それは前述のように、算数や数学からポテンシャルを学べるし、日々の生活の葛藤から自然に理論的思考を学ぶことができる。あとは、先々にそのような思考を使う機会が多ければいいだけのことだ。
そもそも合理性とは、物事を順序立てて考え、長期展望を描き、その答えを確信して採用できることにある。ポイントは“確信して採用できる”にあり、使い道は長期展望にあるんだ。
現に、近頃の犯罪は大変に高度ではないか。そんな悪知恵を合理性と勘違いしてはいないだろうか?結局、ポテンシャル的なものとは、そのように大方の人に備わっているものだ。


そして、しつけと呼ばれるもののルールとは、親の価値観によらず存在する・・ その上にあるルールだ。存在以上にルールがることこそが重要であり、そのようなルールを自身も重視する父親の存在こそがそれを可能にする。極めて公的な側面を形作る根拠となる話しだ。
対して、極めて個人的な関わりを形作る上で重要なのが、母親だ。母はいいも悪いもへったくれもなく、全て許容する。(もちろん、出来ない人もいるでしょう.. それはもうしょうがないんだ。違う対策を考えよう。)


話しが戻るが、自分らが(大方)好んで子供をもうけておいて・・ 「あなたの自由よ」はないだろう!?
子供は親が望んで生まれたんだ、親が望むように育てていくベキなんだ。(したいようにしつけをしろ・・ということじゃないよ、念のため。)
だから「生きる意味」など考えない。そんな強要された未来を子供が嫌がるというのなら、その分子どもは自分の意思を明確にするわけだ。(脱出するために何とか見つけ出す・・ 場合も多い。当人が好んで見つけ出すのは“成功体験”の効果が大きい。しかし成功体験は、大人が演出することができるんだけどね。)

そうであっても、当人が望むように巣立っていく・・ そして結局それを認める・・ これこそが素晴らしく、そして至って現実と適合した営みだろう。


つまり、現代の多くのステキな子育ての発想はまるっきり間違っている上に、一番に深刻なシングルマザー(ファーザーでもいいけど)は容認されている。
そうはいっても、そこはしょうがいし譲れないんだ・・ として考える場合、父親は離れ離れになって、たまに会うたびに説教などできようない。あえて言うなら、父が引き取って母がたまに訪ねる方が“ややイイ”ことになるだろう。(もちろん、それは各個別によるよ。)

多くの女性は、しつけに関係するような社会性など重視していない。自身が実行できていない上でのしつけは恐らく頓挫するだろう。自分の上にルールがあるのが男性、自分の下にルールがあるのが女性だ。(多くの場合)

そしてこの内容の多くが、現代の「生きる意味」を見失う若者と関係するし、一昔前の浜崎あゆみ支持に関係する。
そうであっても、ここで描くセカイ感からはみだし、帰ってこれない人はいるだろう。
しかし、ここは政治ブログだ。現在、多くの人がむしろ自ら進んで間違った方向へ進もうとしていることを止めるよう働きかけるものなんだ。







スポンサーサイト
CM: 0
TB: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://55perty.blog85.fc2.com/tb.php/135-37c9d337
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。