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55政党というブログからの

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制度化するということ 

週刊文春かなんかに、自民若手議員が「総理を務めた人は世界では引退している。そのような方々は引退するようにすべき。」的な話しが出ていた。

このような話しは結構取り上げているが・・・
状況にあわせて変更してばかりなものを、何故わざわざ制度化すべき的に発想するのだろうか?

これは別にその議員だけの話しではない。
日々日常、そっこら中に散らばっている発想だ。

森喜朗さんなんかはもう十分に引退してもらっていいだろうけど、安倍さんはまだまだだろう。そんなことは明白だ。
では何故制度化を目指す発想になるんだ?


ここのところの主張と同じことなんだが、「その制度がいい制度か」どうかより前に「制度を作るべきか」を考えなければならない。そしてそうするには結局よく検討しなければならない。
そんなぬるいことをやっていたんじゃ間に合わない!という人もいるが、そもそもそれは今までなかったものを作るわけなので、急ぐ理由が分からない。
それがもし、検討をするための議論の軸の提示としてのアクションならば分かるんだが・・
であれば、「そのA案よりも、B案がいい」という風な流れになることがおかしい。


そういう風な提示や告知の仕方とは、そもそも、そんな提案を出す必要がある人たちの都合によって出されていることがほとんどだ。
私たち一般市民の場合はとくに、その内容の左右よりも、それが必要かどうか・・ をまずは考えなければならない。

ルールというもの及び法治制度というものの本質を以前書いたが、あれに同意できるのであれば、制度が増えれば増えるほどロクでもない社会だという基本線に同意いただけるはずだ。



ハイエクの自由主義では(デイヴィド・ヒュームだったか・・)、“法律とは今持っているものを守るためにあるもの”という基本線が示されていたが、それは奪い合いが当たり前な社会でより強く意識すべきものであり、日本の場合、“集団に統一感があったほうが効率的に運営できる”的運用が多いと感じる。それならそれでいいのだが、そうなってくると法遵守を取り下げなければならない。
逆に、法遵守で行くのならば、法を作る前によく考えなければならない。


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