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55政党というブログからの

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変化し続けるボディ 

完璧な仕組みや儲け続けるメカニズムを目指すべき最終形かのように追い求める姿勢がある。

そのような完成品が素晴らしければ素晴らしいほど、その仕組みの模倣や標準化が急速に広まっていくのは明白だ。
つまり、それはただ単にその仕組みが機能する寿命を縮めていく。

基本的に、この様にまず「ゴール」があって、それを目指していくもしくは維持するという発想は、そのための手段が真っ当であろうとなかろうと構わず採用されてしまう作用を促す。


社会というか人生のすべてとは、自己以外との関係性が全てだ。全て自分一人の中で完結できるような存在がいるとして・・ それでは逆に、価値観など無意味であり、自己以外の存在と関係するからこそ価値観という存在が必要となる。
つまり、ほとんどの人にとって、自己と自己以外の関係性こそ社会の全てだ。

自己以外との関係性とは何を指すか.... それは①存在のポジショニング ②実際にどう関わるか・・ ザックリとこの2つしかない。
各当人が何を目的としていようと、何を重視していようと... 社会と関係があるのは「それで何をした」か「それでどのようにした」かしかない。
何が言いたいか・・ つまり社会という人と人を結ぶ線には手段しか講じることができないということだ。

ということはつまり、手段が真っ当でないということは、社会が真っ当でないという意味になる。
世の中がこれほど正義感過剰だというのに、社会にはどうにも真っ当とは言えないことばかりが蔓延している。その理由とはここにある。
そこを辿っていけばつまり、「ゴールというものが先にあって、それを目指す」ような発想方法自体に異議を唱えなければならないということになる。

・・・このような話しは55政党で散々してきているが、目的についても触れておこう。

結ばれている線自体は全て手段だ。
しかしそれは、発信側-受信側双方の合意があって初めて電波が流れる。レシーバーを強制的に持たされるならば合意がなくても通信は可能だ。しかし、そこを否定する意思は皆同じだろう... という思いで今日はそこは素通りする。

合意すべき内容とは目的にある。目的には価値観でも何でも各個人が勝手に好んでいるものでも活用できるわけだ。ところが実は、目的について議論していくとき、そのほとんどは合意を得られる。(一部の人に利益をもたらすようなもの・・ いや、それはハナっから手段を問う話しだ。)
発信機-受信機でも、チャンネル設定でもいいのだが・・ それは双方(というか殆どの人に)合意を取り付けるが可能だということ。

目的が合意をみるとき、手段など実はほとんど決まっている。.....とと、今日は民主主義の話しではなかった。タイトルにある“変化し続けるボディ”に触れよう。


誰もが未来を明確に予想でき、そして一部に利益が偏り続けることを了承したとしよう... (ありえないが)、であれば完成品を目指すスタイルに深刻はない。
ところが現実は、未来を予測できないし、利益を奪い合っている。
つまり殆ど妄想に近いものを目指しあっているということになる。
そうではなく、一部に確立した価値観(完成品の存在)が現れたとしよう... それはその分だけ次の時代への痛みを伴うということだ。

どうしても目指すベキ形がないと発想できないというのならば、変化し続けることのできるボディであることを目指すべきだということ。
これであれば、手段とはボディ(組織でも仕組みでも)を作り変えるときにしか発生しない。そのボディが採用していくさまざまな手段は、完成形と何の関係もないことになる。

個人ベースで考えれば、それは失敗から学ぶ、立ち直る... つまり成長していける人間性だということになる。
失敗は痛いし、誰もそれを望まない。ところが、その過去に固執していては、それ以降の自分の人生(時間)はいったい何だというのだろう... その失敗から立ち直れた・学んだという経験自体(失敗の成功体験)と、そこで得たものこそが大変に素晴らしい価値であろう。

それで初めて人間として生きる価値を得たということだ。

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