7年経ちました

55政党というブログからの

答えを探すな! 

「誰が正しい」「どの主張が正しい」「専門外は黙っていろ」「ちゃんと長い絵図を描いているんだから、ポッと出がしゃしゃり出るんじゃない」

・・・と、日本ではこのような姿勢が目立つ。

まさに、討論・議論の出来ない発想だ。
討論・議論・世論を重視していると言っているそばから、そのように「何も分かってないから黙っていろ」的なことを平気で言う人々がいる。

そのような人たちに言いたいのは、「重要なのは、話しの中身以前に、話しあうこと自体なんだよ。」ということ。
話し合いの場に参加するだけで、少なくとも参加者全員にその論点における共通理解・認識が得られる。
そのこと自体が重要なことなんだ。
ある一部分について、分かってない人も分かっている人も参加して話しあっていくからこそ、共通認識が広がる。そして分かっている人もいない人も、そのことに関する当事者なのだから、参加すること自体がまずは重要なことなんだと分かる。

正しさが重要なのは当人だけなのであり、とっても自意識過剰なのではないか?と感じるわけだ。



そのような視点から見て、とても参考になる記事を見つけた。
総選挙に関する雑感 ---アゴラ(矢澤豊さん)

この中で、ネット規制などについての日米姿勢の比較の話しがある。

これを公平性や平等性の観点・規制したい側の都合という視点から捉えることももちろん可能だが、「話しあうこと自体が重要だ」という自由主義的姿勢の欠落という視点から見ることもできる。

言っている内容自体よりも前に、その行動自体を捕らえるのが、客観性を持った姿勢であろう。

そのように考えるとき、この矢澤さんの主張の一番価値がある部分とは、日本を離れている人が意見していること自体にあると分かる。
反小泉世論の異常さは55政党でも度々取り上げてきた。
だが、それを“観察する”立場で比較対象を持っている人がわざわざ取り上げたこと自体に価値があるわけだ。


55政党では、平気で無暗・無責任な主張をしている。しかし、それは自身の正しさを主張するからではない。私が一番に重要だと思うことは、“そんな主張をしている人がいる”と誰かに分かること、“そんな視点から見てみる”ということであり・・ それはつまり視点の提示であり、結局は自分が思うことを無暗に発信することが重要だということだ。

このような姿勢があるからこそ、ツイッターでもユーチューブでもそれぞれ勝手に発信し、そしてそれぞれローカルに意見が盛り上がろうというものだ。


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