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体罰について

はてなブックマークで盛り上がっている話題に、躾についてのものがある。
『躾』の恐怖 ---オオツカダッシュさん

それに対する意見やブックマークコメントをざっとみたところ・・ 記事の対象になっている親に問題があるのが当たり前かのような意見が多いようだ。それは記事の対象になっている夫婦を以前から注目しているような気配があり、それまでの過程などを見れば“それで普通”な可能性はあるが・・・
該当記事を読む限りにおいては、この夫婦の言っていることにそれほど問題は無い。
それに対し、この夫婦が虐待をしていると決めつけた意見が多いが・・ それが表れているのは痣のみ。確かに“痣が出来るほど”というのはかなりのものだが部位は指定されていない。
記事中でこの親をモンスターだと決めつけている人たちと同様・・ この記事でこの親が虐待をしていると決めつけて意見している人たちもかなり思い込みが激しいと感じる人も多いのではないだろうか。

というか、記事中に出てくる教育者側の思想.... これは完全に狂っているとしか思えない。

■■□
実は私は、真剣に教員を目指していたことがあり、大学は教育学部を出ています。(結局採用試験は落ちて主婦やってますが・・^^;)
教育学部で習う「教育方法」というのは、まずは「子どもの人権尊重」「子どもの個性尊重」です。
具体的には「褒めて伸ばせ」「体罰禁止」等です。
子どもに対して「叱る」などの苦痛はなるべく与えずして、ありのままの子どもを受け入れ伸ばす、という姿勢が良いとされています。
だから授業なども、昔のように椅子に座り黒板を見ながら、「勉学に励む自分を鍛える場」では無くなり、飽くまでも子どもが「楽しい」と感じることを重視する、「参加型授業」が良いとされています。要するに、全て「子どもがどう感じるか」に重点がおかれており、「子ども中心」なのです。
だから先生は「友達」のように親しめる人が良いとされ、私の大学ではこともあろうに、教師が子どもに自分を「先生」と呼ばせることは「思い上がりだ」などという議論が、大学の教授によって賞賛されるような有様でした。
□■■
・・・という記載がある。
これは教師を目指すものが皆通る道なのだろうか....?
だとしたら、とんでもない洗脳教育であり、これこそ恐怖を覚える。


両親に対して“怖い”という意見は、洗脳された教師たちがこぞって書き込んでいるのではないのか?と疑いたくなる。

躾、特に体罰について、このように猛烈に批判される傾向が強くなってからむしろ、アブノーマルが増えていると感じる感覚は間違いないハズだ。
どんなに立派な理屈があろうと、どれだけ評価されている教授が力説しようと・・・ それは事実(のハズ)だ。

屁理屈の頭でっかちで自分を見失っているのは、むしろそのように理論武装している人たちだろう。
小さな子供は理屈も言語も理解しない。条件反射で覚えるようなものだ。
親が体罰を用いる場合に問題となるのは“度合い”であって・・ それが過剰だと思われる場合には動物の親だってそれを“異常”と判断される。
体罰が暴力と認定されるかどうかは、度合いの問題なんだ。

そしてここからこそが本題であり、55政党が主張し続けている内容なんだが・・・
体罰というのは、「とにかくダメ」「ダメなものはダメ」という親の想いを子供に届ける行為であって、当人が納得づくでの体罰など存在しない。(その部分では、この親は間違ってる。)
体罰というのは、理屈じゃないものがこの世に存在することを伝えるとても大切な行為のひとつだ。
もちろん、「ダメなものはダメ」が子供に伝えられるのなら暴力でなくて構わない。がしかし、屁理屈で歪むぐらいなら暴力のほうがマシだ。そして繰り返すが、それは度合いが重要だ。

この記事のみを読む限り、まず深刻なのは、子供にそれを虐待だと教える教師であろう。
万が一どう見ても虐待だと疑われるのであるば・・ 教師は子供主導ではなく、とにかく親に向けて意思表示していかなければならない。
何より残酷なことは、子供が親を認めなくなることにある。
この教師は、たかだか学校の先生の分際で、その子から親の存在を抹殺してしまった可能性が高い。大変に悲しい行為だ。
この親がそのような不信感を子供に持たれる余地があったとすれば、それはやはり理詰めであった部分ではないだろうかと妄想する。


このような発想を危惧して自民党が右曲がりにこだわっていたのだとすれば、それは確かに深刻だ。
日教組だけではなく、民主党自体も多くがこのような発想を持っているのなら・・ それは大変に危険なことだ。
確かに、原口さんなんかは過度に暴力を否定する。
それはもしかしたら、「暴力で解決するから戦争はなくならない」とかとても深淵な発想に基づいてのことかもしれない。
しかし、ノーマルという曖昧で一部危険含みなザックリとした目安を否定することで、アブノーマルをたくさん生みだしていては、戦争云々どころではない。(アブノーマルになってからでは、何をどう間違えようと・・ もう救えないんだよ。(多くの場合。))
第一、経済が優先されることで戦争は明らかに減ってきている。
もしその部分でこのような発想にこだわっているのであれば、むしろパワー信奉についてカガクしたほうがよいだろう。
私は理屈は知らないが、パワー信奉は簡単に直せるように妄想する。
(例えば、その方法を一度でも失敗すれば治る・・ というケースが確かにある。)


ダメなものはダメなんだよ。
理屈じゃないんだ。理屈というのは、多くの場合“言い訳”と置き換えても遜色ないものなんだ。



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  1. 2009/09/14(月) 00:22:56|
  2. 人生方面
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<榊原さん論を追っかけているが・・ | ホーム | 本当に救いの手が必要な人に届かないのは>>

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