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55政党というブログからの

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保守の旗 道義大国 

【正論】衆議院議員、弁護士・稲田朋美 保守の旗を立て道義大国めざす ---MSN産経

この方のお名前は確か、自民総裁選のときに取り上げた気がする。

このようなニッポン大好き陣営に見られる主張の特徴は、それは果たして政治が取り組むべき内容なのか?ということと、個人主義と全体主義への考察が足りないのではないのか?という点だ。

記事内で気になるのは、
①“それは家族であり、ふるさと福井であり、愛する日本だ」という一点を愚直に訴え続けた。”

・・・・それは果たして、誰から何を守るのか?

②“小さくても強く、高い倫理観と社会正義が貫かれていることで世界中から尊敬される国「道義大国日本」をめざす、と。”

・・・・高い倫理観と社会正義が貫かれていたことが、何よりも世界から日本(日本人)が評価されていた部分であり、それはこれから目指していくものではなく、失われつつあるものだ。
大人がその様に生きてれば、子供はウザがりながらも尊敬をする。
かつて援助交際で女子高生が問題視された時代があった。
この件は本来、誰がどう考えても売る女子高生より買う大人に問題がある。ところがこの国の大人たちはそれを女子高生のせいにした。
あのころから特に、大人たちのどうしようもない堕落は顕著になってきている。
つまり、それらの意識が欠落しているのは今どきの大人たちであり、それを政治が取り戻したいというのならば、そんな大人たちに退場を願う集団が必要だということになる。
人の姿勢や振る舞いとは、理屈や知識ではない。実際に取っている行動や存在自体にある。
つまり、そんなどうしようもない存在(大人)が何をどういおうと無駄だということ。
大人たちがそのような姿勢を今からでも貫いていくことが出来るというのならば話は別だが・・ 今さらそれは無理だろう。

そしてここと絡むのが、伝統や文化を大事にする系の発想だ。
55政党では度々主張してきたが、“守らなければならないからそれは守られた”ような伝統や文化は、カタチだけの空っぽなものだ。今の時代にも価値を感じられる存在であるからこそ、それは受け継がれるものであり、発想の方向が逆になっている。

そして倫理観や社会正義が守られるには、各大人それぞれがそのように振舞っていけばいいことで・・・ これは伝統や文化を引き継ぐ人々も、その素晴らしさを真摯に実践して、社会に存在する価値を生み出していかなければならない。
それが不可能だとして、それでもそれを残していきたいというのならば、まずはその価値を認定する必要が出てくる。その質を誰がどう担保するというのだろう。
さらに、それは守られたとして.... 結局歴史民族博物館と変わらない価値にしかなれない。


現在の社会でも、まだまだ多くの“大切なもの”が守られているとするならば、それはそんな個々が引き続きそれを大切にしていくだろう。だからそんな部分に政治や制度がないというのならば、それは現状でも十分に望ましい状態だということになる。
それを政治など制度でカバーしなければならないというのならば、それは既に壊滅状態であるということになり、それを復興させるには理由が必要となるし、まさに全体主義的発想であろう。


③“保守とは特別のことではない。家族と地域共同体に価値をおき、まじめに生きる人々の生活を守ることが私のいう保守である。夫婦別姓や外国人参政権など家族や国民の絆(きずな)を弱める法案には党として反対の論陣を張る。”

・・・・法制度が国民の絆を弱めるようなら、それは既に弱まっている。
この部分でそんなステキな妄想など言っていないで、国粋主義だとはっきり言うべきだ。そうでなければ話しの辻褄が合わない。
そして、“まじめに生きる”というのは、自身の人生に責任を持って自立し、手段を選んで取り組んでいくことだろうが・・ それが勉学によるより良い効率であっても同じことだ。
自身の取り組んでいることに未来が無いことを知り、それを改善していく姿勢もまた、まじめに生きている人のすることであろう。
それを制度や“お上”に助けてもらう発想では、まじめに生きているとは言えない。つまり、まじめに生きている人というのは、政治に期待しない人のことを言う。
もちろんそこには、人は血や契約で繋がっているのではなく、信頼関係で繋がっているんだという発想が横たわっているのは分かる。
それは確かに大事かもしれない。
但し、それを政治が引っ張っていくベキかどうかはまったく別の話しだ。

このような論点でハッキリしていることがある。
それは皆、自身の向き合うべき対象と向き合っていないということ、自身の取り組むべきポジションをおろそかにして、違うことに手を出しているということだ。
街はどうしようもない大人たちで溢れている。
そしてそれを直すのが制度や政治であっては、いよいよどうしようもない。
やるベキことは、そんな一人ひとりが自分ひとり分をしっかりやることだ。


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