7年経ちました

55政党というブログからの

やはり“秩序”について 

ここのところこの“秩序”という言葉を使うことが増えている。
これは何も、言いまわすのに都合のいい曖昧な部分を含んでいるから・・ なのではない。あくまでもリアル論しか見えない55政党が、現実に合致すると思えるからこそ使っている。

先日、自民・稲田さんの記事について、ニッポン大好き陣営の主張の一部を国粋主義と呼んだこと... これが今でも若干自分の中でひっかっかっている。
今日はそんな話しであり、“秩序”という概念を探索するものではない。

私はニッポン大好き陣営と国粋主義を別けて考えてきた(というか... 国粋主義などという言葉を使ったのさえ初めてな気がする)ように、本来ここに境目があると考えている。そしてニッポン大好き陣営を十分に否定できたこともない。
そこを考えていく上でのツール(ものさし)を“秩序”として検討していきたい。


55政党では、阪神淡路大震災のときの日本の秩序が世界から絶賛されたことを大事にしている。
後進国や新興国家、及びアメリカならまだしも.... ヨーロッパ諸国だってきっと、普通のネイティブなら略奪や強姦など起こさないであろう。
個人の成功が第一に優先されない社会であるそれらヨーロッパ諸国だって、秩序を乱しているのはきっと、社会からレッテルを貼られた(承認を受けた)移民や若者や弱者層に違いない。

昭和時代の日本には、そのように社会から承認された“不利益を被っている層”など存在していない(に等しい)。そして当時は、今よりずっと外国人も少なかったろう。
....とと、私が注目したいのは左翼思想やグローバル化ではない。この部分に来てもなお、“秩序”に注目していく。

日本の国家運営は基本的に皆が同じ方向へ向かっている.... 同じ船の乗組員だという秩序を重視して運営されてきている。
そしてその状態(国家という存在が基本的に全国民を秩序下に置いている状態)であることが、一部の層に「無法を働いて構わない」動機を与えない状況に留めている。

そしてここを日本の素晴らしさだとするならば、「引き続き国民を階層別けさせず、皆が同じ秩序下に組み込まれ続けることを重視すべき」という結論に達するんだろう。(秩序重視型行政主導スタイルと呼ぼう。)

つまり、国家運営自体が護送船団方式.... いや船は一双だ。
そして、それで合っているならば一番の問題は左翼思想ということになる。秩序下の社会に階層を作り、同じ方を向いていない層を作り上げる。それはつまり、ひとつの秩序の崩壊を表すからだ。

ニッポン大好き陣営の主張にこのような部分が流れているとしたら、“一理ある”と言わざるを得ない。
しかしこれまで55政党が主張してきたように、結局叶わない(破綻が見えている)ことを国家がわざわざ目指し続けることも、認められる部分と同じ分だけ認められない姿勢であろう。(ここでとりあえずプラマイゼロだ。)

ここで重要なのは、個人主義なんだ。
個人の自由は拡大しているし認められている方向性だ。
ここだけとってみても、“ひとつの秩序”型運営は矛盾してしまう。
そしてそれを“目指すべき”という姿勢自体が既に、十分に検討されなければならない別の問題点となっている。


先ほど、今日のはてブで人気に上がっているこちら↓の記事
「小さな政府」「規制緩和!」とか言ってる人は日本から出て行けばいいのに ---シートン俗物記さん
にもコメントしたんだが・・
どうして皆、自分達個々は法律などさして重視していないくせに、法律しか秩序を形成していないと考えるんだろうか....。

自由主義へ踏み込む何よりの第一歩(これはジャイアントステップだよ)は、私たちは法律以外のことを重視して日々活動しているということなんだ。

法を重視(強化)していこうという姿勢とは、本来ニッポン大好き陣営がもっとも嫌うハズの左曲がり社会を実現する。
そうでないパターンがあるとしても、それはまさにアメリカンスタイル。アメリカこそが法治国家だ。そういった部分への考慮はなされているんだろうか....。



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