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ヒトはなぜ戦争をするのか? 

先日の記事で書いたこちらの本。
ヒトはなぜ戦争

--アインシュタインとフロイトの往復書簡
花風社

先週末に届いたんでさっそく読んでみた。
内容は、①アインシュタインの手紙 ②フロイトの返答 ③養老孟司さんの解説 ④戦争の世紀(20世紀)の年表 だけで、非常に薄い本だった。
まあそれでも、●アインシュタインとフロイトが意見を交換した、話し言葉のような文章 ●その内容である「人間を戦争というくびきから解放することができるのか?」 それ自体が大変に貴重であろうから読んで良かったと思う。

amazonの本の説明文が養老さんの意見に大変否定的なものになっていたが、それはよく分かった。解剖学の大先生は、このような内容に対して脳の構造(実体)自体と中身の結びつきをこの程度にしか興味がない(いや、まったくテンションが低い様子だった)のなら、どうしようもない。
養老さんがあえて突っ込んでいる部分をあげると... 「フロイトはナチスを気づいていたのか?(アインシュタインは思いっきり意識しているが・・)※1」という部分だろうが、このフロイトの文面を読めば「回避するには具体的にどうしたらいいだろうか?」という裏テーマは結局第一のテーマになっていないと分かっているだろうし、それを解決したいというアインシュタインの思いと勇気を最初に汲み取っている。そしてそれらのことが相互理解の上にあることはすぐに分かる。つまり、そこは大事じゃないということだ。(まあ、意図的に隠したのか?という意味だったとすれば、話しは違ってくるが・・ それでもそれはやっぱり重要ではない。)


※1:この書簡が交わされたのが1932年、ナチスが第一党になったのが1933年。


まあいいや、きっとその時代の背景をよく知っているからそうなるんだろう。
肝心のお二人の意見だが・・・
アインシュタインは、“国際連盟(のような機関)に皆で権限を持たせるようにするにも... それは結局権力(パワー)も備えさせなければ効力がない。つまり、不可能だ。結局は人間各自をどうにかするしかないのではないか?”というような話し。
それに対するフロイトは、“それも結局できそうもない。人間には暴力で解決をする本能が備わっている。だがしかし、文化を発展させること、攻撃性を外ではなく内側に向けさせることで(遠い将来には)可能かもしれない”というような回答をしている。

フロイトは、人間の暴力的衝動を「2種類ある」とし、それを①通常使う衝動 ②エロス的衝動 としているんだが・・・ これは私のような大衆にとってはシンプル過ぎるように思える。愛もまた暴力的なもの... なのは分かるが。


ただ、お二人の意見を読んでいると、やはり当時と今では大分概念が進んできているんじゃないかと思える。各個人ベースでの検討と、社会としての検討がいっしょくたになっているからだ。
きっと、この時代以降により関係性(社会学的なもの)の検討が進んだんだろう。

とりあえず(シロウトが偉そうに・・なんだが)、いざとなったら暴力性が顔を出すのは圧倒的にパワー信奉者が多い。(パワー信奉とは、55が勝手に日ごろから使っているもので・・ 自分より下に見ている相手に対していざとなったらチカラでねじ伏せようとする人間を指す。)
ところが・・・ このパワー信奉は、一度の失敗体験であっという間に治ったりする。(必ず治るわけじゃない。)つまり、本能だけと決めつけていいのか微妙なところだ。経験から修正を加えているのは超自我の仕事だ。(経験から学ぶのが自我レベルでは、そもそも衝動をカガクできないから、浅い。)

また機会でもあったら考えていこう。


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