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55政党というブログからの

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A NEW JAPAN ORDER 

今までの日本は、上から下まですべてを行政府の秩序下に組み込み、そこからこぼれる人がいないよう運営されてきた。そして私たちはフェアプレイを道徳とし、反則を恥ずかしいこととして自らを律してきたからこそ... 一律ルールの行政主導スタイルが機能してきた。

しかし今は“良い-悪い”の境界線が曖昧になり(物事の本質に迫れば迫るほど... 本来はそういうものだ。なので国家や分野を引っ張る層のほうからむしろ善悪の境界が分からなくなる。)、フェアプレイ道徳意識は薄れ、旧来の秩序システムは機能しなくなっている。

秩序からこぼれる存在を発生させることは即ち、この世界有数の治安が崩れることを意味するが、しかし、かといって正直者がばかを見るシステムでいい国家のほうこそ深刻であろう。(そこを否定する人もいるかもしれない。しかし、安全・安心優先に何一つ未来などない。それは“執着”という... 精神的に大変幼いものだ。)
現実は、引き続き法を守ろうとする人々に対してより身動きをとれなくし、元々守る予定がない人々は自由に活動を続けていられるシステムとなっている。



新しい日本の秩序とは、まず第一に全員を秩序下に組み込まないということ。
そして法と秩序の番人は、真に大きな問題から解決していけるボディに組み替えなければならない。
行政はサービスを受けるそれぞれからの依頼に正確に対処する部署として機能させ、私たちはそれぞれのセクションに専門的に従事する方々に判断を任せなければならない。ただし、その手続きを見える化しておく必要がある。

いずれにしろグローバル化やアジアの発展に伴い、秩序崩壊は避けられない。それをいくらか回避したいというならば、むしろそのような方々に参政権を与えることが有効だ。
私たち自身の道徳も崩壊に向かっている。これからは、行政司法が能動的に見つけ出すことのできないような“隠れた真の悪”を、それぞれ末端で実体を知る私たちが調査の申請をし、行政司法はそれを専門的に調査し、ジャッジをする。
調査対象に上がる時点でその案件は可視化(モザイクで十分)され、つまり権力等の圧力によって却下される場合でも、案件Aが却下されたということが判明することとなる。


善悪の境界が曖昧になっているということ自体を捕らえて“拝金主義”とすることは可能であり、またそのような拝金主義概念にしか正当性はない。しかしそれだと、そこを修正するまともな手段が存在せず、結局は却下せざるを得ない。
答えが見えている上でそれをあえて選択すること自体が迷惑な話しとなろう。


ここに一切経済の話しは入ってこない。経済とは“生きること”そのものであるので、基本的には各自に任されていなければならない。ということは、政治として経済方面で残る課題は対外的なもののみとなる。そしてそれはたとえ経済・金融関連であったとしても、枠組みとしては“外交”で捉えなければならない。
世界を“利益の奪い合い”だと焼き直して捉えれば、多くのディフェンス(場合によってはオフェンス)が必要となってくるだろう。しかし、フェアなシステムの育成に協力していくという姿勢を貫いていくことも不可能ではない。



現在の民主党の政権運営は、このような“New Japan Order”の手続きを逸れていない。
どのような思惑や背景・経緯があろうと、手順が同じならば現実は同じものだ。

任せる人(またはセクション)を決める。
あとはその専門家(官)の判断に任せるが・・ 可視化しておく。
そして政治は、まずは多くの立場の人々で議論を尽くすことを重視する。

この2つの姿勢が保たれていることが大切だ。


ハイエク等自由主義陣営では、「任せる人をどのように決めるかでまた判断しなければならないから同じことだ。」という風に“誰に任せるか制”は否定されている。しかしそれは質の担保の仕方に係っている話しであり、それを皆で決められる環境と、皆が判断(議論)できる環境であることは日本にとっては間違いなく進歩であろう。


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