7年経ちました

55政党というブログからの

独行への天下り等 

PCを買い替えた。Win7(64bit)でCORE-i7(860)、メモリもがっつりなんだが・・ 以前のVISTA機より立ち上がりなどは明らかに遅い。(そもそも私のVISTA機は全然遅くなかった。NECでCORE-2duo(E4500)メモリは2GB)
うわさとは怖いものだ。



さて、確か読売だったと思ったんだが・・ 今朝は独立行政法人への天下り関連の記事を読んだ。
当該記事は見当たらなかったが、付随する程度の話しなので、似たような記事を取り上げる。

独立行政法人:役員公募の統一基準作成を 平野氏が指示 ---毎日jp
天下り監視へ新組織 政府が公務員法改正案 ---NIKKEI NET
幼保一元化を推進…仙谷行政刷新相 ---読売オンライン(関西発)

天下りをガッツリ食い止めて、そして特会までバッチリ事業仕分けをすればそれでよいかのような空気を感じるが・・
その二つは本来、現実的な手段としての“好手”なだけであって、目的ではない。
つまり、本来の目的が反故になるようならばその手段は悪手になる。


そもそも公的法人の事業運営こそが癌であることは明白になっている。
そして監視やルールを強化すれば真の悪はさらに潜るということも鉄板だ。

この二点がカタい法則である以上、どんな屁理屈(演繹的な)を言われようが、そのような方法を採用するのは間違いだ。
今現在、なんだかんだ言ったって・・ 公機関と民間機関のハザマに存在するような法人がネックだということは国民の多くが納得するところで、公機関が公的機関に切り替わったのならば基本的には“公的”な部分も取り外していかなければならないだろう。それで「安心・安全が犠牲になる!」と言い張るのならば、公機関に戻せばいいことだ。
そして実質公的な役割を担っているような法人はほかにいくらでもある。
特に社団法人などは、当該事業者が健全に運営していくことと監督官庁を結ぶような事業をしていることが多いが・・ 実質的な効果がないものも少なくない。これらは事業分野の発展に帰依していくものでもあるし、監督する側の目が行き届きやすくなる効果もあるのであるが、実質的には「お互い、うまくやってきましょう。」機関であるところが多い。

公機関でなくてもいい事業は、いずれ完全に国家財政と切り離し、行政府は厳しく(プロとして正確に)ジャッジをしていくセクションという構造であるべきだろう。

公的な役割を担う事業は公機関に戻し、民間に任せてもしっかり監督いていけばなんとかなる事業は民間に任せる。
その中間の法人を作らないことが大事だ。
そもそもこのような公的セクションや特会とは、バカな国民とその代表である政治家に余計な口出しをさせないように設けられたようなものだ。官僚の質が下がり、国民及びその代表者の政治に関する知識が上がってきている現在... つまりそのようなセクションの役割は終わっている。


もちろん、自身の勘違いな正義感や自分が正しいと思っているために人に任せることの出来ない幼児的な社会では、そのような構造など作っていけようもない。社会政治の堕落とは結局自分たち自身が作り上げていることであり、どのようなくだらない政治・仕組みを作り上げていけるのかはホントは国民自身に懸っている。間違っても“政治家のせい”ではない。
いずれにしろ、正しい分業ができない組織は組織する意味がない。それはつまり、組織(今回の論点ではつまり“国家”)の敗北なんだ。



独行の天下りを取り締まるのは目的ではない。適任者であればむしろ採用すべきであり・・ なんだかんだ言ったって結局はそのようなことをしている。社保庁解体しかり、郵政の社長しかり...。(これらは“適任だから・・”と採用された。)
重要なのは、独立行政法人ならば真に独立させることにあり、行政府はしっかりと行政していくことにある。

公機関がガラス張りになるのであれば、公機関にまかせればいいんだ。
そこに余計な監視や例外ばかりの制度を設ける必要などサラサラない。
なれあいに費やすお金を、馬鹿正直な方々がせっせと上納し、それでも国家が破たんしていくような世の中に何の理があろう。








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