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夏目漱石『私の個人主義』

いやぁ驚いている。
私は先日ここで書いた通り... 『明暗』を10ページほどで諦めた以外、夏目漱石を読んでいない。
学校で習ったかもしれないが、1作品を理解するまで読むようなことはなかったハズだ。


この本は、夏目漱石の講演を収録したようなものになっている。
講演は5つあり、それぞれのテーマは『道楽と職業』『現代日本の開化』『中身と形式』『文芸と道徳』『私の個人主義』。『道楽と職業』については先日既に取り上げた。

何よりまず伝えたいのは、学者等専門家の用いる手法への疑問、形式的なものが先にある発想の否定、絶えず変化するものという捉え方、個人主義の捉え方にある。そして全体をというか根本的な姿勢として、物事を考える上で日頃生活している自分から出発し、その現実と合致しないものを安易に認めない姿勢・・ これら要素の多くは、55政党が日頃語っている姿勢と近く、大変に納得のいく部分だった。


この中でも特に感心したのは、最後の『私の個人主義』で・・ これは学習院大学で学生に向けて講演されたものだ。
長々と丁寧な前置き(それは必要だからなんだが)のあとに、学習院の学生らに対し、「皆さんは卒業すればきっと権力や金力といったものを人より余分に持っている方々が多いだろう... 自分のためにも、それらの使い方・接し方に気をつけなければならない」的なことを言っている。そのようなパワーに対して無頓着と言うか冷静に向き合う姿勢が横たわっている。その上でいくつか抜粋する。
■■□

自分が他から自由を享有している限り、他にも同程度の自由を与えて、同等に取り扱わなければならん事と信ずるより外に仕方がないのです。

近頃自我とか自覚とか唱えていくら自分の勝手な真似をしても構わないという符徴に使うようですが、その中にははなはだ怪しいのが沢山あります。彼らは自分の自我をあくまで尊重するようなことを言いながら、他人の自我に至っては毫(少し)も認めていないのです。

我々は他が自己の幸福のために、己れの個性を勝手に発展するのを、相当の理由なくして妨害してはならないのであります。

元来をいうなら、義務の附着しておらない権力というものが世の中にあろうはずがないのです。

今までの論旨をかい摘んで見ると、第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。

□■■


要はノーブレスオブリージュなんだが・・ そんな道徳的なものを重んじろ!というのではなく、自己というものが見えてくるまでの間への助言であり、そうしないと自分自身の発展の妨げにすらなるというような話し。

漱石さん自身も、長いのらりくらりとした道のりを経てようやく『自己本位』というところに辿りつき、それ以来自分が強くなったと言っている。
自己本位が自分の道であり、それはつまり他人にとっての自己本位も尊重しなければならないということになる。


それ以外にも、このような薄い本にいくらでも抜粋したい部分がある。そこから自分好みのものをいくつか拾っておく。
■■□ 

私のここで述べる個人主義というものは、決して俗人の考えているように国家に危機を及ぼすものでもなんでもないので、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのですから、立派な主義だろうと私は考えているのです。

国家は大切かも知れないが、そう朝から晩まで国家国家といってあたかも国家に取り付かれたような真似は到底我々に出来る話でない。常住坐臥国家の事以外を考えてならないという人はあるかも知れないが、そう間断なく一つ事を考えている人は事実あり得ない。豆腐屋が豆腐を売ってあるくのは、決して国家のために売ってあるくのではない。根本的の主意は自分の衣食の料を得るためである。
(国家のため!国家のため!と純粋に主張したところで・・ 私たちの現実はそれほど国家のためになど生きていない。もっと、主張と現実を符合させなければならない。)

いかに至徳の人でもどこかしらに悪い所があるように、人も解釈し自分でも認めつつあるのは疑いもない真実だろうと思うのです。現に私がこうやって演壇に立つのは全然諸君のために立つのである、ただ諸君のために立つのである、と救世軍のようなことを言ったって諸君は承知しないでしょう。誰のために立っていると聞かれたら、社のために立っている、朝日新聞の広告のために立っている、あるいは夏目漱石を天下に紹介するために立っていると答えられるでしょう。それで宜しい。決して純粋な生一本の動機からここに立って大きな声を出しているのではない。(そうは言っても、せっかく時間を取っているのだからそれに見合うだけのものをなるべく提供する努力はする。)

□■■


国家がいかようなものであるか.. それはいくらでも語れるし幾通りの答えもある。それがどれも正解のようでいてどこにも正解は無い。そもそも変化し続けるものだ。
しかし、自分が自分でしかないのは事実だ。そして自分を尊重するとすれば他人の自分もまた尊重する。つまり、他人を動かすことは出来るけれども結局は自分で自分分の責任を負う。ならば社会を考えていく上でも、自分の現実に即した理解を、もっと大事にしなければならないだろう。





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  1. 2010/04/09(金) 19:53:57|
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