7年経ちました

55政党というブログからの

法務省所管法人、元最高裁判事に無利子無担保融資 ---読売オンライン

法務省所轄法人、元最高裁判事... 
無利子無担保、紙切れ借用書...

大学では確か、“返済期限のない貸し付けは直ぐに請求できる”と教わったな~
などといってる場合じゃない。

これって本来、このような秩序そのものを全て取り壊されてもおかしくない内容だ。
監視機能云々どころじゃない。
“これで構わない感覚”ということは、しかもそれが法務を扱う公的な法人と元最高裁判事の間で行われているということは・・ 全てのこのような社団法人が一旦廃止されてもおかしくは無い事項だ。

それに対し、この読売の記事で残念なのは・・ それに輪をかけて社団の不透明さの別件を挙げていることにある。ある意味、元最高裁判事の不適正が軽視されている感覚が横たわっているじゃないか。
それとも何か.. そっちはホントは致し方ない事情でも眠っているのか?(であれば逆に、それを示さないととんでもない記事になってしまう。)

このような事実に、何のへったくれもない。
一旦壊せ。それでいいんだ。大体、公的な機関に発行されてる出版物など誰も読んじゃいない。その予算で、本来必要である統計的なものも取っているというのなら、そのような部分を改めて作っていくべきだ。




次に池田さんの記事だが・・
無縁・公界・楽 ---BLOGOS

何のことやらさっぱりわからないが・・
ひとつハッキリと言えることがある。

今を理解するために、このように結局断定できないことまで遡らなければならないなら・・ それはそもそもそれで答えは出ないということだ。
そのアプローチは間違っている。
そこに答えを見つける必要などない、これは趣味や学者当人にしか関係がない取り組みのようなものだ。


大体、無縁社会についても・・
無縁な社会は人間の性質かどうか.. そしてそれが解明されれば、その答えに沿った社会を作り上げていこう!というのか?
完全に、発想がイってしまってる。

無縁社会なのは第一に、無縁でいいからだよ。
なんの難しいことなどない。無縁を嘆く人は、無縁で構わないということなんだ。
社会を築いていこうとする人たちは、自分がそのような役目というか目的を先に意識してしまうから、そのようなものを直していこう!などという発想になってしまう。

社会の形成は、それは国の役目か?
法治というのは、国家政治が決める範囲を基本的に法律によって決める仕組みだ。
どんな社会かどうかは・・ 私たち個人それぞれが握っている。
そしてそんな私たちは、「それが必要だから」「そうしていきたいから」それを選択する。


まあ、そうは言っても・・ 多くがそのような計画統制国家な発想であるのならば仕方がない。
ただ... もうちょっと人間として、自己を知らなきゃならないのは間違いない。

そのような状態を、どうしてもほっとけない人がいるとして... それでその人の関われるほんの一部と関われる。それはそれで、その人にとって大変素晴らしいことだろう。
そしてそのような状態を嘆く当人がいたとして.. そのようなときのために知識というものがある。
知識とは、主に現状を打開するための実用的な道具として存在するものだ。
そのような術も知らず、助けて欲しいとホントに思っているのなら、まずは「助けてくれ」と声を上げることだ。それすらできないのなら、それは多くの場合・・ 何か別に違うことを大切にしているんだ。

それ以上に困難な状況というは、既に国家福祉の枠組みに入っている。

NHKは.. 坂本龍馬のいったい何を見ているんだ?友愛か?既に恣意的?
ばかばかしい。




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