7年経ちました

55政党というブログからの

今日の夜は映画三昧。そして見たのはマイケル・ムーアの『華氏911』と『シッコ』だ。
55政党では『ボーリング フォー コロンバイン』を取り上げたことがあり、大変素晴らしかった。

今日のこの2本...
「ひょっとして日本および世界中の人々はこれを見た人がたくさんいるんじゃないのか?」と思えるほど.. 今どきの政治的な時流にマッチしている。
自分の周囲では911以降に少しこの華氏が話題に出た位で.. その中身含め、以降は話題にさえ出てこない。
果たして多くの人々は見たんだろうか..。

華氏
シッコ


もし多くの人がこれを見て、オバマ-鳩山的な人権寄りな発想を評価し、そして自由主義陣営を猛烈に批判しているとするなら.. それは間違いだ。
逆に... これは日本型自由主義を模索する上で格好のテキストとなり得るものになっている。

アメリカ型自由主義の一番の問題点は、それは自由主義という制度にあるのではなく・・ 皆が経済的に豊かになる姿勢を社会が正義として認識している点、そして実際の手続き(手段)よりも思想や理論や目的を重視してしまっている点にある。(特に、華氏のほうでそれはよく表れている。)

まあ見事に日頃の持論に誘導しているかのような意見なんだが・・ これを見て、日頃55政党で注視していた、不安・正義・パワー信奉が、バラバラで存在していたものが線で結ばった。
不安や恐怖を煽れば簡単にコントロールが出来る様、借金漬けにして、働かせること・消費させることが戦略的に行われている様がよく表れている。

そしてマイケル・ムーアは、“助け合い”について、イギリスは戦争で多くの被害を受けて皆で助け合っったことが影響しており、アメリカは911以上に本土に深刻な事態に遭ったことがないと言っている。
それだけで末長い国民性は根付くだろうか...。
私がパワー信奉というものを重視しているのは、自己以外を人として見なしていないような・・他人を軽視した性質を持っていることが多いと感じていて、その性質というのは、まさに性質の通り・・ 自己以外からの影響で自己を修正することが困難(つまり治しづらい)という.. 深刻な性質を帯びているからだ。さらに始末が悪いのは、そのような方々こそ高い地位に就くことが多く、弱い者をパワーでねじ伏せる。そして目的のための“手段”を軽視する。場合によっては、極端な選択を採り易く、また、私が重視している“ピンチの時にどう対応するか”という人間性を量る目安からしても、精神的に脆弱と判断することが多い。

55政党では「パワー信奉は、一回でも失敗すればすぐ直る」とサラっと言っているが・・ それは処法であって、まさかそれが原因にも影響しているとは思っていなかった。
そう.. 敗北を味わっていないということだ。それは“強いアメリカ”“NO1アメリカ”という誇りに近いものがある。


日本には、●相互扶助の歴史が長い ●金儲けにネガティブなイメージがある ●弱きをくじくのは恥ずかしい行為 という発想があり、それらはアメリカにないものだ。
このような性質が法秩序の実効力を形作っているのであり、法律面のみ同じ形態にしたところで、まったく違う社会が実現されるんだ。
だからこそ逆に、そのような法政治部分以外の危険性を注視した意見が多くなっている。
そしてそんな部分の発想・慣習・コミュニケーションが効いている限り、同じ自由主義制度を持ち込んだとしても、あのような弱肉強食などになりはしない。※同じ制度を歓迎しているのではない。第一私は、それを教科書としていない。今の日本に必要なベクトルと、視点、具体策の多くが自由主義陣営の主張と一致しているというだけの話しだ。

もしかしたら、日本の自由主義陣営の中には、その純度を重視した.. つまり教科書として捉えている方々もいるのかもしれない。
しかし、それが危険な方向に傾くようなら、格好の障壁が用意できる。それは、“手段を重視する”ということだ。

かつてここで人質テロへの対処について書いたことがある。
現状で私たちが好んでいる発想は、「人の命は何よりも重い。」だろう.. それは脆弱だ。欧米的合理性で言うならば、「それを認めれば、また次も同じことが繰り返される。そんな、今後の多くの犠牲を払わないための小さな犠牲だ。」というだろう。
ここで55政党が主張したのは、「人質の命を救うことを最優先し、そのうえで必ず犯人を捕まえればいい。そしてかならず捕まることまでしっかりとアナウンスしていけばいい。」ということだ。(書いていて思い出してきたが、これは必要悪についてだった。手段を重視するということは、この場合の必要悪を却下するということだ。)
やってくことは日本型と55型では同じだ。しかし違うのは思想を大事にするんじゃなく、正しい手段を選択することにある。そしてこれは、自由主義=弱肉強食が確定してしまっている人らが真っ先に非難するであろう新自由主義の悪の権化であるミルトン・フリードマンさえ主張していることでもある。


だから一見この映画に見るオバマ-鳩山的友愛路線とは、今の日本で侵されているステキな世界の住人さんたちと180°違う性質が備わっていると言える。
教科書を重視しているんじゃない!ということだ。
個々人々の発想に根付いているんだ。

そして映画内で「大衆に希望を与えるな!」という話しが出てくる。
共産主義へのヒステリックな反応繋がりの部分だ。
今の日本民主党政権の路線とは、シッコが表現するオバマ-鳩山的友愛路線とは違い、人々から希望を奪っている。この部分を注視すれば、それはむしろ自由主義的手法ということになるんだ。
そのように、教科書と現実は違うものだ。

ちょっと夜明けが近くなってきてしまって、ここで終わりにするが・・ 中身はあまり触れられていないので書きたすかもしれない。

【朝追加】
やっぱり追加した。そしてタイトルも追加した。

自由主義陣営を過剰に否定するのはむしろ旧麻生陣営がある。
そこには国家主義的過剰な国防意識を持った人が合流してはいるが・・ 私が目が覚めてふと気付いたのは、リッチマンや成功者の家系について。

恐らくそんな人らというのは、マイケル・ムーアが映し出すところのアメリカの富裕層の発想や気持ち的なもの.. これを自己に重ねている(理解できてしまう)に違いない。私のような善良な一市民にとって、この映画に映る富裕層など、心情的にも人間的にもまるで理解できない。なのでそのようになってしまうことを恐れない。(可能性を感じない。)ところが・・ どうやら日本の富裕層はそこを恐れるリアリティをお持ちなんだと思う。

だからきっと、過度に遠ざけるんだ。

そこに、アメリカと日本では決定的に違う価値観が存在する。
前半で主張したように、その部分とは法律や政治思想よりずっと効力を持っているんだ。

雇用環境の悪さ+借金漬け+金儲けは正義=とても真っ当ではない仕事内容を自己を押し殺してまで続ける状況に陥っている様もよく表されている。

きっとそんな部分が・・ 旧麻生陣営が過度に嫌っていた“拝金主義”に合致する。
しかし実際は、金儲けをするための手段に問題があるんであって、自由主義という政治形態がそんな悪のスパイラルを生んでいるのではない。そう、『手段の正義』が守られる限り、そうはならないということだ。
そして私たちが忘れている(ひょっとして知らない?)大きなチカラが私たちにある。それは消費行動だ。
私は日頃、消費行動という強力な力が何故話題に上がらないのか不思議に思う。企業姿勢でも商品自体でも.. いやなら買わなきゃいい。だからその部分で問題になるのは、“それを買うしかない”な商品・状況・分野にある。
映画で言うところのそれは、医療保険にあたる。日本で真っ先に思い当たるのは、公的な法人が公的な機関で発行する教本の類など。


また、不安・恐怖を煽ることについては、主に報道を中心としたメディアの活用のされ方が大変に効果を生んでいることもよく表現されている。
ここの部分、日本では実現しきれていない。一時期そんな傾向が強かったが・・ それが現在はニーズとのギャップを生み、テレビ離れが進んでいる。
電通の教えや受け継がれる思想的なものが、この映画でいうところの富裕層の発想に近いことで嫌っている人、陰謀論に結びつける人などが存在するが・・ そのメカニズム(正体ではないよ)はシンプルで・・ 不安を煽り消費を煽るというだけのことだ。

エコブームとは、現状が満たされて消費欲が落ちてきている先進各国の人々の消費を煽る行動だ。
但し、中国・インド・ブラジル・アフリカが発展を始めていってる将来にプラスに働くであろうことも疑いようがない。だからそれはWin-Winなんだ。
国家を自分らの経済活動のエンジンとみなすような発想であれば、参加者を増やすことは家畜を増やすことにほかならない。新たな貧困層が経済秩序に参加を始めれば、基本的にそのような国家を経済の源泉と考える富裕層たちが潤うだけ。但し、そのような貧困層もそれを突破できるという希望があれば、それを目指すだろう。


日本には、低所得者層を借金漬けにする金融機関がない。そして社会保障・医療保険への不安が必要ない。そして徴兵や軍隊がない。そのために“勤勉であり愛国心のある貧困層が必要”とはならない。
この部分はアメリカが世界に負っている役目の辛い部分でもある。

映画で映し出されているそのような恐怖心に駆られる大衆層は、日本の大衆層とは違う。
そして、日本で不安を煽ることを活用しているのは官僚だ。過度に不安を煽り、行政府およびそのその支配下を拡大し続けているのは間違いない。
そして“正義と悪”を意識しすぎる姿勢.. (これは今どきの日本の場合、むしろ女性の方が陥っている割合が高い。) こちらはむしろ友愛路線に潜んでいるものだ。ただの幻想でしかないのに。そう、その人らに見えている現実とは虚像だ。

自分の周りに正義と悪がハッキリと区別できる人間など存在していない。
にもかかわらず、その人らは・・ 外に出るとそのように人間を正義と悪魔に声高に区別する。そう、ただの自分の勘違いなんだ。その人らは第一に、自分の生きる場所をそこに見出しているにすぎない。人生のエッセンスだ。特に日本の場合、昭和時代の女性の生き方の教科書が完全に古くなってしまって使い物にならないばっかりに..現在はまだ葛藤中なんだ。女性こそが、思ったように・感じた様に生きる姿がステキなのは間違いない。だからそのように感じたのなら、そのようにやってみるのがいい。但し、女性に本来的に備わっている指標は『正義と悪』ではなく、『愛と憎しみ』であろう。


結局、映画の中身自体にはあまり触れなかったが・・
とても印象に残っているシーンをひとつだけ。
それはシッコの国民皆保険の世界の実情を探る部分の.. 特に『自由主義VS共産主義』や『助け合いの精神』を探るためにイギリスにいったときの部分。

あるイギリス紳士(といってももう結構なお年だ)にインタビューした時、「イギリス人は個人の自由を大変尊重している。しかし、助け合いの精神が壊されるようなことがあったら・・ その時は革命だ!」と言っている。私はその時の“Revolution!”という単語が猛烈に印象に残った。このような初老の紳士からそのような言葉が出てくるなんて... なんて素晴らしいんだろうと思ったんだ。
まあ、この方は自由主義や共産主義そして社会秩序についてもかなり語っており、もしかしたらそのようなことに従事してきた方なのかもしれない。
でも、そのことだけで「イギリスって素晴らしい!」と思えるほどの破壊力を持ったシーンだった。必見だ。



最後に、マイケル・ムーアを、パフォーマー、話題取り、えせプロパガンダのように見て、食わず嫌いになっている人は結構いるんだろう... まったくそんなことはない。ただの普通のいちアメリカ人が、自己の問題点を真剣に振り返っている姿勢だ。


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