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『知られざる真実』 

ブログランキングの政治部門第2位に、植草一秀の『知られざる真実』というのがある。
これって猛烈に陰謀論なんだが・・
皆、娯楽として読んでるんだろうか?
それとも「ホントは信じてるけど・・ 面白がってる」体で?
失政主犯竹中平蔵氏延命に懸命の田原総一朗氏

私はアメブロ時代には、「そのように見ようと思えば、そう見えなくもない」的なことを大分妄想した。
特に、「浮気を疑う」例えとか...。
私は、「浮気を疑う側と疑われてる側双方が知り合い」という関係が何組もいた。
女の勘は鋭いというが、しかし、疑い始めてからその根拠となる男の行動への妄想は、ハッキリ言ってまったく合ってない人が多かった。つまり、浮気はホントの場合もあったが、それを疑う根拠となってる男の動きは、まったく浮気相手と関係がないことがほとんどだった。「だって、こうならおかしくない?」「何で、そういうことするの?」... 疑われてる行動の変化に付くこの様な根拠にはまったく関心する。「うぉ~、確かに、そう思えばそうとれなくもない!」。実際は違うよ。

大事なことは、●1つの視点からだけで物事を確定させないこと ●妄想はいつまで経っても妄想であり確定させることが出来ないことを自覚しておくこと だ。

逆に言うと、絶対に確定できそうもないことは、それ以上執着しないことだ。
それはその視点からではそれ以上見えないということ。場所を移さなければならない。
※第一、何故その視点から見なきゃいけないのかが自分に説明できていない人も多い。


取り上げた記事についても、基本的には妄想(仮定)から出発しているが、その理由づけに妙に納得してしまう。いや、妄想から論を進めているんだが....。
そして実は、多くの論理的思考も似たようなものだ。「実は最初だけ仮定」で、ところがその根拠が見事に理路整然としていると説得力が増してしまうということなどむしろ普通だ。『仮定→理論1→理論2→理論3→結論』と進むとき、各理論間の繋がりは確定事項によって成り立っている。しかし、そもそもの仮定が証明されるかどうかはまったく別の問題だ。


だからこそ私の主張は、「人間性の問題だ」ということが多い。
結論や結果が欲しいのは分かるが、その結論・結果を欲しているのは、その人間性が生み出している。論理は道具でしかない。持ち主がその答えを欲せば、多くの場合それは証明できるだろう。
何故なら、その対象としている社会とか生活とか政治とか・・・ それら対象は、論理的なものではない。論理的性しかない社会生活など存在しないからだ。


大事なことは、最初の仮定(妄想)に何を選ぶかだ。
そこに現在の自分自身の人間性が集約されている。



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