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55政党というブログからの

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安定と変化、制度について 

これは抽象的な話しだし、極めて重要なテーマであるので、今回は政治について限定した話しにする。

以前私は『変化し続けるボディ』というのを書いたが、この中で
■■□
誰もが未来を明確に予想でき、そして一部に利益が偏り続けることを了承したとしよう... (ありえないが)、であれば完成品を目指すスタイルに深刻はない。
ところが現実は、未来を予測できないし、利益を奪い合っている。
つまり殆ど妄想に近いものを目指しあっているということになる。
そうではなく、一部に確立した価値観(完成品の存在)が現れたとしよう... それはその分だけ次の時代への痛みを伴うということだ。
□■■
という記載をした。さらにその中の“一部に確立した価値観(完成品)”について掘り下げたい。

というかつまり、これを自民党政治とする話しをしたい。
どれだけそれが磐石であり、ゆるぎない態勢を築いたとしても、そのように価値観が固定(確定)されることによって、それを自身のために利用しようとする人々が現れるのはどの時代でも同じことだ。

利用しようとする制度が不安定だったり、これといってさして決め手がない場合には、それをひとつの価値観と認める(発見する)人も少ないし、利用しようとするインセンティブは働かない。
磐石であるからこそ、それを利用しようとする人々が現れる。

形態を模倣し、自分の住むセカイに持ち帰ろうとする人も現れるだろう。

「全体がある目標の下に団結し、個を捨てて邁進することによって、逆に自分への利益となって還ってくる」という場合、目標が明確であればあるほど、メカニズムが強固に、そして明確に作り上げられていく。そして実際に結果がしっかりと戻ってくることによって、その価値観はゆるぎなくなっていく。
ところが、ある地点を境にして、実は全体が目指していたハズの目標が薄れてるために、そのメカニズムから自身へのメリットを吸い上げようとする存在が徐々に増え始めていく。さらにそれを目指すもの同志の対立or競争によって、そのような本来目的としていなかったセカイが拡大していく。

....つまり、こんな話しだ。
私は歴史認識方面が相変わらず得意ではないが、歴史から学ぶとはこういうことだろう。

このような視点から国家を見るとき、何よりもポイントとなるのが①社会全体としての目標 ②満たされてきた個々 だろう。例え個人が満たされているわけではないとしても、日本では「個人の勝手自由」は確かな市民権を得ている。
現在の日本において、社会全体が目指す先などない。
近頃では、無理やり「安全・安心」が喧伝されているが、それを全体の目標とするにはあまりに無理がある。
こういった部分もあり、私は「個人主義」についてをより注視すべきだと主張している。

話しを戻すが、つまり自民党政権(まあ、公明もだけどね)の安定時代が終われば、そのシステムにくっ付いているコバンザメは自然といなくなる。
だから、政官癒着や政財癒着は黙っていても解決される。
問題なのは、政府が入れ替わるということは、官僚機構はより強化されやすい環境になることは間違いないということだ。
もし民主党に政権が移ったとして、最初にそこにメスを入れてガッツリやっていかなければならない。


ちなみに、日本の国益を重視する姿勢も、今どきは市民権を得ない。
日本が潤うことが世界から搾取することであるなら、それを認めない人が少なくないからだ。
現実と理想の狭間にゆれる心の落とし所は、世界がフェアな競争をするという部分であろう。


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