7年経ちました

55政党というブログからの

知的所有権について 

『みんなの党』の日銀法改正関連で『はてブ』ランキングに上がっていた方の記事を読んでいて...
他の記事、著作権に触れるものについて疑問を新たにした。


学術でも芸術でもいいんだが...
現在とは、多くの先人の知恵や発想や感覚に乗っかった上で存在している。

知識Aと知識Bが広まり、発想Cを加えられたからこそ... 新たな知識Dが生まれたのかもしれない。
いや、ほとんどがそのようなものだ。
つまり、例え素晴らしい新しい知的財産であっても.. 当人が当人だけの実力であり、自分だけのモノだと感じるのはおこがましい場合がほとんどであるハズだ。



何が言いたいかと言うと...
知的所有権というのは、「著作権の侵害だ!」とかそういう活用法ではないものであるべきなんだ。

つまりあくまでも、商業的取引に発生する権利だろう。
それを自分のものだと主張する側が、勝手に使った側に請求の場を設ける権利 
・・・と、そのように活用されるべきモノであろう。
もちろん、使いたい側から交渉してもいい... これは取引でしかないんだ。
値段も、その場で決めればいい。

対して、知的所有権の議論は... 法律自体の探究というか、正当性のようなものばかりの主張が続いている。


このような発想で問題となるのは、ジャッジする側の存在(場)ってことになるだろうが...
先に特許だけ申請しておくような形式こそが怪しいものであり、それもセットでクリアすれば、場は難しくは無い。

そして申請主義は、人の資本で研究なり探究なりし続けることが出来ている環境にある人々にメリットがある以外に何も望ましいことはない。
こちらも結局は、モノとして対価が発生するときに初めて土俵に上がるようなものだ。

まずは、そのように.. 商業上の取引に関する権利であることを議論すべきであろう。


【7/16追加】
現状で何の役にもなってない新しい発想に認定を受けておくとしよう..
それを生かしてカタチにしてくれる存在が現れた場合.. その存在こそが大きい。



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