7年経ちました

55政党というブログからの

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
CM: --
TB: --
2ちゃんニュー速方面に入って行ったら..
暇人速報というのの記事にたどり着いた。
どうやら日本人はリスク管理が驚くほど下手らしい 「最悪」を想定しない日本人

ニュー速だとかハム速だとかカナ速だとか..
こういう“2ちゃんから拾ってきた”的なブログも、結構さりげなく本質的な記事が混ざっている。
そしてコメントが率直で興味深い。


今回の元ネタはプレジデントロイター。
もはや末期的!日本を蝕む「リスク放置」症候群 ---大前研一

大前さんのこの主張に絡む発想は.. 55政党でも十分に取り扱ってきた。
・根拠なんていらない
・答えがいっぱいある(もしくはないかもしれない)ような教育方法を!
・演繹的-帰納的
・アイデンティティ(自我同一性)関連


私がこの視点でまず一番に感じることは...

「やらされてる感」だ。
面倒な問題が降って来たので解決しなければならない。→ 余計な問題なので、対策案も小手先。

そして「答えを探す」という発想の習慣化。
皆、正解を探すことが大好き。当該事項を真剣に解決しなきゃなんないという当事者意識が思考や議論に向かう動機じゃないんだ。
それはつまり、当事者意識を持った人に任せるべきということ。

そこを便乗乗っかりしてくる権力層やでしゃばり層、はげたか層が、目的を変質させる。
さらに、それらと同じような感覚で乗っかってくるメディア。
普天間の件など.. このように大前さんのように書いてもらえば、明快じゃないか!そんな記事が日の目を見ないメディアの在り方も深刻。

要は... そんじょそこらで、オイシイ話しを探し回ってる方々が、権力を持っている。
この人らの目的は別のところ(結果を残す。名を上げる。キャリアプランでもいい。)にあって、当該事項の本質的解決は一番大事なことじゃあないんだ。

かつては、そんな当事者意識を持つ実質現場の長みたいな層が声を上げると.. 同じような想いを共有する労働者層がそれを支持し、経営層を動かしていた。
ところが、今どきの労働者は自分らの権利ばかり主張し、そして自分の仕事にやりがいも何もない。そしてよそ様から持ってこられた発想に感化され、目の前の現実を無視する。



ここで言っているようなことは、言ってみれば全部・・ かつての左翼的な発想・思考の全否定だ。
教育と労働。
今回大前さんが問題点として取り上げた現象を考察するとき.. いろいろ絡み合う要素それぞれが、それぞれ左翼的思考・発想の影響を受けている。

かれらは、学術的根拠に基づいたことが正しく、現実およびそれまでの経緯、これからの姿を想定しない。
それは理論・思考というのは、そもそも時間など関係がないからなんだ。そして意思がない。理論に全権を委任する以上、ある意味では自分の意思をも軽視する。それでこそ.. フェアで公平なんだろう。

私に言わせてもらうと、それらは「自分を自分で無くする」努力だ。顔無し。
いやそれどころか、時間軸も存在しないんで生きている必要すらない。働く機械。
それがそのような発想を絶対視する方々の理想のなれの果て。

なので、今までの経緯によって、今から取り組む対策の効果や影響が変化するということさえ、理解しない。

55政党の6/30の記事
新成長戦略は、慢性企業の新規事業案会議に似ている

この中の『その会議のメンバーには無理だということ。それを●やりたい人 ●やってきたい人 に権限を委譲し、やらせてみるしかない。』・・・ここの今日の当事者意識を持った人を絡めることができる。

そして政治も、つまり同じで.. 私たち一般大衆が、政治を当事者だと思って参加などしていないからこそ、そのような機会を利用しようとする方々の影響力が強いわけだ。

但し、そっちは少~しずつ良くなってきている。
メディアの『正義と悪』の世界づくりももう自分らでギャップを感じてきているだろう。
世の中で起こっていることを、他人事のように自分らのネタに使うようなメディアは.. 本来メディアではない。それは娯楽の一種だ。
確かに、日本では悲壮なサラリーマンを皮肉って自分でも笑けるような楽しみ方をしてきた。
それは突き詰めると、死を軽視してきた経緯を持っているからでもあろう。(リスクマネジメントなどいらぬ!という話し。)
これからは、現実を映すことをメディアの第一義としていって欲しいものだ。

それには、横並び・同じ広告代理店を打破するメディアと打破する代理店が現れることが望ましい。
そこを目指すという志を持った事業者と、それに賛同する社員...
そのように、社会政治のチカラに頼らない取り組みが、事業を清浄化する。

事業に社会的メカニズムの一端を背負わせないからこそ、事業自体が空洞化していくのだろう。
そう言うともちろん.. 「それはリスク回避や公平性が担保されない!」と言うだろう。
ところが..事業と言うのは、消費側が購入しないという機能が自動的に備わっている。
なので重要なのは、「任せない」ことではなく・・ 「選べないことを回避する」ことにある。

※これは「A社には○○の役割を任せます。B社には、△△を任せます。」ってんじゃないよ、まさかとは思うが...。






スポンサーサイト
CM: 0
TB: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://55perty.blog85.fc2.com/tb.php/521-11285a98
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。