7年経ちました

55政党というブログからの

「政官業」癒着と「個」の確立 

『真実の議論』の続きに行く前に..
ここまでのまとめ(というか、自分が興味を持った部分を自分に取り込む作業)をしておく。

まず、「政官業癒着」だが..
これはもうそれほど心配ない。

“政”は.. このメカニズムでは票もカネもどんどん集まりにくくなってきている。引き続きそのベクトルで進んでいくだろう。それに、この件に関しては間違いなく、自民政権が変わったことが大きい。
ただ、業界団体とか社団法人とかから自動的に政党の政治団体に資金が回るメカニズム... ここは当面残って行く。最初っから自民を支援するために作られた業界団体なり公益法人だったとして、その法人が生き残る以上は、今度は民主に支援を切り替えることが可能だ。
そうであっても結局は、そのルートに意味が薄れていけば、カネも集まらなくなる。


それと、公益法人で思い出した。
公的法人-行政-社会 を取り巻く中で、今なお拡大を続けている分野は、警察と教育だ。
そして警察と教育は県の管轄。
この辺をクリアにしていく必要がある。

55では、ちょっと前に『役所とか警察とか学校がしっかりしていることが重要なんで、そのような公務員給与は下げるべきではない』と主張したが.. それは警察官、役場職員、教師のそれぞれ個々の意義・役割・充実が大事だとしているだけであって.. 分野の拡大は全く別の話し。

そして県管轄にはあと医療があるが.. これは何も私が医療分野寄りだから非難しないのではない。医療は、既に民業主導で、そしてそんな民業に社会的役割がしっかりと守られている。
それに、怪しい公益法人などろくにない。

私は特に千葉県人なんで.. 森田健作ちゃんの明らかに警察寄りな姿勢、そして今どきバカでかい県警庁舎もあって余計に気になる。
警備会社の役割拡大は近頃は止まって来たんだろうか...。

そして教育も。授業料だ給食費だ平等だ何やかんや結局教育分野にはカネが流され続けているが・・ それ以上に疑問でならないのは、みんな学校へ行ってる。それは昔も変わらない。そして多くが塾に行っている。もしみんな塾に行っているとすれば.. 子どもの数が変わらなければ教育分野は2倍の大きさになっていることになる。
まあ実際には子どもも減っているし、全員が通っているわけじゃない。これはイメージとして捉えやすくするため。
先の警備では、それでさらに住みやすくなるというのなら、まだ許せる。
しかし、塾というのは.. これは同地域同世代同士の受験競争のためだけに必要なもので、子どもが習得すべき知識に貢献しているとは到底思えない。さらに、参加者が増えれば、さらに加速していくメカニズムを持っている。

塾の先生で教員免許を持っている割合が知りたいものだ。
このふたつは、共通の性質を持つ。警察→警備会社 学校→塾。

だがしかし、厳しい国家の財布に合わせた行政と言っても... まず最初にカットすべき部分は、末端ではない。末端の実行政以外に流れているお金を止めることから始めなければならない。

と、ここで疑問に思う。
実行政はしっかりやっている。そして全国くまなく大差ない。では... その部分において政治運営をしているハズのセクション(県議)は、一体何をしているところなんだろうか?生活行政は市。市県民税も市。県税は.. 自動車税とか法人とか土地方面、資産財産に絡むものが多いが.. 逆に言うと担保がしっかりしてる分回収も難しくはないだろう。

・・・というか、正直ロクに知らない。
ここまで取り上げた警察・教育分野の内容は却下しよう。また追って考えていく。
※考えた工程を残したいため、そのまんま記載。




次に「個」の確立について。
これは正直、片山さん的捉え方は私にはさっぱり分からない。
村社会とかコミュニティというのが.. 苦手なんだ。そんな世界に身を置いた実感がない。

こっち方面で私に分かることは.. やはりアイデンティティ。

モラトリアムな方々は、思考の世界が世界の全てで、その入ってる入れ物自体を無視した発想をする。
存在自体を問う、存在単位で捉えるということがどうも苦手なようなんだ。

『自分から見た自分』 ・・恐らく、それ自体が納得がいかなくて、『自分が考える自分』で納得がいくようなんだが、自分が自分のことをどう捉えていようが、他人から見た自分は『ただの男』とか『会社員風』とか『背は低め』とか『細かそう』といったものでしかない。それがどんだけ「それは自分じゃない!」と言ったところで、社会に存在するそんな自分を認めざるを得ないんだ。だって.. 現に存在しているもん。

・・・とそんな部分が、「個」の確立と絡む話しだと捉えているわけだ。

55では何度も言っているように、思考には意思もなければ時間もない。実存がない。思考=自分だと思い込んでいる状態を「個」が確立されていない兆候の一部だと捉える。
ここで、“思い込んでいる”を受け入れるのか否定するのかでまた道が別れる。
自分は日本人で、○○県人で、△△民族で、□年生まれで、商人の家庭で ....いやいや、そうではなく、それら思考が入ってる入れ物の存在を認めろ!って話しだ。
第一、「私は日本人」ってったって.. それは架空の話しよ。全ての人類は生まれた時に神様が血統証を交付してくれるってんじゃあるまいし.. そうくくろうとすればくくれるってだけの話し。

あんたがどう思っていようと、ここに実際に存在してるでしょう!?って話しだ。
そして人は、それぞれ好き勝手に人を解釈してることになる。「そんな自分像は私じゃない!」と言ったところで.. じゃあ自分は他人をどれだけ誠実に解釈してるといんだろう。それは正しいか正しくないかではなく、人にとって他人とはその程度だということで、それは自分も同じだ。だからそんな他人の描く自分像を訂正して回ったところで.. そもそもその人にとって自分はそれほど重要じゃない。「あ、そう。」それで終わりだし、自分だってきっとそうだ。

自分が人をその程度にしか考えないように、人も自分をその程度にしか考えない。
じゃあ、自分とは。学歴も看板も容姿も.. 人はその程度にしか自分を大事にしていない。さて、じゃあ自分はいったい何だ?
唯一明確なのは、自分を入れてる箱含め.. 自分はこの世に1人しかいないってことだ。そして怖いことに.. 人は同じ見た目の別人を見たらそれを自分(その人)だと思うハズだ。それを違う!と証明できるのもまた自分(とそのそっくりさん)しかいない。
自分とは何か分からなくても、とにかく自分はこの世に1人しか存在していないは事実だ。
そしてそれを証明できるのも、自分しかいない。
つまり、自分というのは自分が決めるんだ。生まれ・偏差値・モテ度・名前・人種ほか.. それらは全て自分が決めたことではない。そしてそれらでは自分を確定させることが不可能だ。

そのように.. 自分を入れてる箱含め、自分で自分を自分だと認めるしかないんだ。
なので、アイデンティティを自我同一性と呼ぶ。自我と自分を入れてる箱を同一視できる状態をそう呼ぶんだ。


・・・何か気でも違ってしまったかのような勢いで書いたが、これはちょうどその辺で迷っている人の手助けになればと思って書いてみた。

その上で、なんでこれが「個」の確立と絡むのか。
それは「根拠がいらなくなる」からだ。思考と言うのは、実は意思や目的・動機がなければまともに動かない。ところが、自己と自我が一致していない人は、思考がそのようなものに影響を受けて動いている自分を認識していないことが多い。
すべてのものに根拠が必要ならば、全てのモノは全人類共通となる。それはある意味ただの動物と一緒だ。その時人類は考える必要がなくなるだろう。
なのに.. 全てのモノに根拠を求める。それは自分が勝手に決めつければいいことだ。
だって実際の自分は、多くの事を勝手に決めつけている。
なので、そんな自分を認識できているかいないかの違いでしかない。

と、そのような部分が、自分で考えることに繋がるのではないかと思うんだ。
そして日頃から主張しているように.. 私たちは常にお題を出され→正解を考える。それはもう... 習慣付けをされて思考回路を強制されているかのようなものだ。
ところが、実際の存在は、そうではない。習慣付けはその人の行動・発想の体内の流れ方を自動的にするが、そこには実際矛盾も生じている。なので、そのように当たり前に進めていた作業自体を、一旦止めて考える機会は少なくない。

それ以前に、そのような思考回路強制反復運動を早くからドロップアウトしてしまう人らがいる。
そういう人らほど、アイデンティティの確立が早いことが多いのも事実だ。

今目の前にあるものを「これは何だ?」と問われ.. すぐさま教科書を開く人がいる。
「いやいや、今目の前にあるんだから.. まずはそれを観察してみようよ。」って話しだ。

さて、いよいよ就職することが出来ました。明日は初出勤日です。
そこでもし、あなたが遅刻をしてしまったら.. どうします?

・・
・・・


正解は、きっと新社会人マニュアルかビジネスマナーの本に書いてあるだろう。
だけど実際に答えるべきは「遅刻しないようにします。」だ。
イギリスなんかでは、「自分で考える」「答えがいくつもある」「答えはないかもしれない」そんなことたくさん勉強するらしい。
そのような教育法を採用できていない時点で、大人たちがその価値を理解していない可能性が高い。
※但し、既存秩序に自動的に組み込み、言われた通りに動くロボットを大量生産するために仕組まれたものであるなら、致し方ない。(この辺の性質こそ、日本人が評価されてる部分と重複してる気もします。)


さて、「個」の確立に絡むことをいくらか証明できたんだろうか...。
自分でも分からなくなってきたんで、一旦終了する。





スポンサーサイト
CM: 0
TB: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://55perty.blog85.fc2.com/tb.php/523-dfb687ef
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

▲Page top