7年経ちました

55政党というブログからの

今日は今から、『新自由主義』というレッテルに絡む話しを2つ上げる。

まず、先日の『新自由主義批判』のようなブログにかみついた件。
まだ、引きずっている。

新自由主義(55ではあくまでも自由主義と取る)の何よりの肝は.. 『市場に全てを任せること』じゃあない。
それは新自由主義の教科書で取り扱っている内容だ。

日本では特に、その内容ウンヌン以前のことが重要。
新自由主義というのは、『それを目指して政治を運営する』ものではなく、国民自身の手でより望ましい社会を実現し易いメカニズムを研究しているもの。

なので、新自由主義国家を実現するために政治(立法)する!といったものとは種類が違うんだ。
分かる人にはあまりにあたり前の話しだが.. 分からない人にとってみれば、一体何を言っているのかまったくつかめないだろう。

繰り返すようだが..
国家政治が、あるカタチを目指して立法していくのではない。
政治というもの自体を、国民が自分達のチカラで自分たちの望む方向へ導ける体制にしておくべきだ。というのが、新自由主義。
だからこその、対峙する概念は計画統制国家(社会主義や共産主義)ということになる。

日本の場合は、資本主義を謳っている主に右寄りな方々でさえも、計画統制国家思想だ。
そして、大変勉強してきたような方々に特に見られる傾向が..
『目的を正当化することによって手段を正当化する』発想。
なのに当人らは、「どんなに素敵な目的であっても手段は重要だ。」と平気で言う。

55では何度も同じようなことを言っているけど...

誘拐テロが発生しました。 
→犯行グループは世界的にかなりやらかしている組織です。
→再びテロを繰り返さないために、人質の犠牲もやむを得ない。

このような発想を、そんな人らに感じるんだ。
新自由主義的発想というのは、

誘拐テロが発生しました。 
→犯行グループは世界的にかなりやらかしている組織です。
→人質救出を最優先した上で、その後必ずテロ犯を捕まえたい。

一見、弱い。
だが実は、今回の人質を犠牲にしたからといって、次にテロが起こる割合が減ることなど保証されていない。
どちらも保証されてなどいないんだ。
重要なのは、必ず捕まえるよう努力することしかない。


新自由主義と括って非難する人たちは、○○主義を実現するために平気で手段を反故にする。
そんな近代史は腐るほどあった。

そんな人らにとっての悪の権化とも言えるミルトン・フリードマンは『正しい手段を選択することが要』だとしている。(度々登場ですいません。)

手段というのは、目的の善悪や大小によらず.. 別の判断として存在している。
第一、まともじゃない手段が横行している世の中では、どんだけ立派な形態であろうと、まともじゃあないんだ。

さらに.. 新自由主義的発想は『そうは言っても、現実とはそんな理詰めなものではない。』ことも内包している。
目的も意思も価値観も個性もバラバラな人間たちが、なるべくより良い社会の維持・発展にベクトルが向くためのメカニズム。
・・・それが、新自由主義だ。


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