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戦力にならない若手社員 

別に私は「若手社員が戦力にならない」なんて思っちゃいないが、世の中ではそういわれているのか?

“戦力にならない”若手社員はなぜ増えた?成熟経済下の日本に求められる「新しい教育」の姿
――東京大学 本田由紀教授インタビュー
(ダイヤモンド)

この記事には、その内容以前にどうにも納得がいかない部分が多い。

●若手社員は、そもそも戦力にならないのが当たり前だ。

そういう風に言われること自体が気に入らない... そのことこそが深刻なんであって、戦力になるならないは深刻ではない。
どんな制度にしたって、結局はいちから教えていくしかないんだ。
但し、今時の上層部もホンキで言ってる可能性もある。
そんなことは気にしないことだ。
そういうことこそが、生きる力でありコミュニケーション力だ。

そして恐らく、実際にはそんなに人手を必要としていないような... そんな極々限られた勤め先の話しであろう。まともな民間企業だとはとても思えない世界観。


●学校を“変える”んではなく、増やそうとしている。

重要なのは、既存学校を変えることだ。
どんだけそのような学術的な勉強が必要と言われたって... 上の中あたりから下のレベルでは多くが大学で何ひとつ学んでいない。
理由は簡単だ。そこで役に立つのは単位を取ることだけだからだ。
ホントに有意義な講義だというなら.. 内容を変える前に単位取得をガチガチにしたらいい。
それでこそ言ってることやってることが一致する。

そもそも海外の大学は.. 内容を理解できなきゃ卒業できないんですけど。



●まだ上がってもいない契約社員ガチガチ法もしくは解釈が、承認されたように話されている。

これは話しの最後の方に出てくる。
流れではまるで立派な大学出ていきなり契約社員になってしまうかのようだが..
ここは、まったく別世界の話しだ。
そこまでの話しは、大学・高校および高等教育全般として考える場合の、その内容について。

そこに疑問符が付くとしたら.. そもそも相当高学歴なところにしか関係がない。
一部学部を除き、早慶より下は.. そのような内容は疑問符どころか確定している事項だ。何の迷うことなどない。

なので、ここまでの話しは相当な高学歴な世界だった。
なのに契約社員?それは.. 公機関ほか無理やり雇っているようなところの話しではないのか?

東大の教授やってりゃ、分からないだろうか?
正社員をガチガチにするから派遣社員が生まれる。派遣をガチガチにすると、グレーゾーンアルバイトと辻褄が合わなくなったから、契約社員が増えた。それを締め出すから.. 新たな形態が必要になる。
・・・だから、その内容ではなく、発想自体に問題があると気づかないんだろうか?

それでホントに頭がいいのか?



大学の実践的な講義内容への変化には大いに賛成する。55でもここは吠え続けている。
しかし重要なのは、そもそもそこで学ぶことが必要だと感じている当人らには、今の時点で十分に役に立っている。行くこと・出ることだけが重要なうちは、中身をどう変えても同じことだ。

中身ではなく、存在自体を.. 学歴購入機関ではなく、実践教育機関に変えていかなければならない。
どうしても今までのような教育内容が必要だというのならば、一握りの大学もしくは独行大学だけで十分だろう。
大事なのは、そこを出たから就職させろ!という発想の根底にある。

まあ、その辺は... 企業を公機関のように動かせる発想がある時点で、どうやら発想の根底には十分な偏りが感じられるんだが。


企業にお勧めしよう。
今時、高卒新卒が大変にお勧めだ。
彼ら、彼女らは.. 言われたことに納得がいかなきゃ動かないような、そんな相手に対して既に不信感を持っているような発想に毒されていない人が多い。なので、言われたことを素直に吸収する。何なら、現場からだってやるよ。



最後に、ここで前半に言われている「生きるチカラ」とか「コミュニケーション力」だが...
恐らく、日本ではそこを問う(構築する)層が一番、そういったチカラに欠けているんだろう。

生きるチカラとは、読んで字のごとく... 問題が降りかかってきたときに、自分なりに切り開いていけるチカラだ。コミュニケーションとは、平時のコミュニケートなど学ぶ・育む必要などない。非常時・臨時・必要に迫られた場合などでこそ発揮されるものだ。

「安心して働きたい」その時点で既に、生きるチカラやコミュニケーション能力に問題があるんだ。
安心云々の前に、目の前に、違う用事(つまり取り組んでる仕事)があるだろう?
安心したいのはあなただけの問題だ。それを外に持ち込むからこそ、コミュニケートに問題がある。

人間形成で重要なのは、それを第一義的に取り上げないことだ。
あくまでも、違う用事・無理難題が別に存在していなければならない。
真の用事を.. それを解決するにはどうしたらいいのか?それを真剣に問い詰めていくからこそ育まれるものだ。

そのためには妥協が必要かもしれない、連携が必要かもしれない。頭を下げる必要があるかもしれない.... 大事なことは、その用事が、重要であり真剣であり必死であることなんだ。
その用事を、形式的に、そして模擬訓練的に実現しようとする.. そのこと自体が一番の問題だ。

人というのは、平時は誰だってそれなりにやってるんだよ。
無理難題が降りかかってきたとき、痛いミスをおかしたとき、難しい仕事を振られたとき... そういう非常時にこそ発揮されるのがそのような能力だ。

なので本当の用事を.. シビアにやってかなきゃならない。
ここではつまり、就職だったり卒業だったり。
その辺をどんどん上っ面にしていっては.. 一層道は遠い。シビアにドライにやっていくことだ。
そうやって落ちこぼれていく人間が、また新たな道を切り開いていくチカラを生きるチカラだったり、コミュニケーション能力と呼ぶ。

「ダメな上司がろくでもないことばっか言うから辞めた。」
・・ああそうだろう。そのようにそいつは自分の非を認めないままドロップアウトしていく。
そうやってまた、新たなダメな上司に出会うんだろう。
社会における優しさとは、そういう人間にちゃんと“失格”の烙印を押してあげることだ。
そうなれば、そこから当人が真剣に自分の場所を探していくだろう。

そして上司の非も見つけるだろうが、自分の非も見つける。
自と他の交わりによって、双方が今より少しでも高まっていくのがコミュニケーションだ。


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