55政党

[ 何を選ぶのか.. どうやって選ぶのか..   いや、それ以前に選ぶことができないことが問題だ ]

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能力というもの

近頃は、「能力に応じた待遇にせよ!」という意見をよく目にする。
それは社内人事であったり、雇用問題であったり。

55政党では、このような件は今までさんざんやってきた。
それは気持ちは分かるが、主張に正当性はない。

雇用・労働・創作活動で言われるところの『能力』というのは、それはスペックではない。
結果を残すということが正当性を持った解釈だ。

どれだけ自身に自信があるのか知らないが、今どきの情緒的な方々は、自己の潜在能力(スペック)を高く評価し、他人に耳を貸さない。
例えば、自分がその役割に従事したいとして、周囲もまた同じようにそれを目指している。
自身が「こうすればいいのに!」といういい案があるとして、自ら発信はしていない。それはつまり、周囲もまた同じようないい案を持っているに違いない。そして同じように、周囲もまた、自ら発信してはいないのだろう。

では、実際に機会を与えられようとしているとして、あなたには何ができるだろうか?
恐らく、いい案には現実的な段になってくると難しい側面を抱えている。現状の当事者は、それを知っているからそれを選択できていないということが多い。

では何で選ぶか?
それは、当該活動に対して、その人が経験できないなりに知識を積み上げたり、目指してきた度合で判断するよりない。

知識を積み上げた量や機会を得るための過程とは、つまり能力に依らず、そのことをどれだけ目指してきたか?という環境に依るものだ。


また、たとえ従事したとしても、実際には今までの立ち位置から見えなかった多くの問題が存在している。
それでもなお、結果を残す人間を能力があると捉える必要があるんだ。
そのポジションにいざ着任したとき、やや問題点を含んでいることを、周囲は既に承知している。
それでも、それに取り組むことを任務としている。
つまり「その困難さがあったために成せなかった。」というのでは、話しにならない。
それでも成し遂げることが出来る能力というのは、決して事前に各自が持っている潜在能力(スペック)ではない。

ここでもまた、「そうであっても成し遂げなきゃいけない」という自己の環境が多くを握っている。


そして、当事者と部外者の大きな違いは、情報の量にある。
情報が少ないと、判断は安易になりまた、難しくもなる。
専門家というのは、そのことに長く従事できる環境があるからこそ、情報を積み上げ・蓄積していける人のことを言う。
この部分についてもまた、潜在能力(スペック)がそれを別けているのではないんだ。

政治という、能力面において誰もが同じスタートラインから出発できそうな仕事においても、私たちいち国民・市民と当事者を大きく別けているのは、情報量の違いによる。
それもつまりは、能力ではなく立場(環境)が一番に関係しているということだ。

世論でも議論でも同じ。
経済学者が経済に詳しいのは、それは当たり前のことだ。
その人らは決して「すごい」のではなく、そのことに従事すること自体を仕事としてきているために、長くそして多く情報を蓄積してきたにすぎない。

おおよそ世論というのは、同じだけの情報量が与えられれば、同じ答えにたどり着く。
現代は情報の共有が進み、この部分の差はあまりなくなってきている。
残る差異とは、実際にはそれに対する個々の意識や目的・人間性によって現れているに過ぎない。


サラリーマンとして努めてきた経験から『能力』を問うとき、それは「2択のうちのどちらを選択するか?」に懸っているんだということを理解できるかどうかだと思っている。

仕事の能力というのは、実際には『攻めるか-守るか』『生かすか-捨てるか』『観察するのか-思い込みでいくのか』など、人間性の部分が勝敗を決めている。
そんな人間性が未熟であることを通り過ぎた(乗り越えた)上で下す選択というのは、大よそせいぜい2択。
小さいものから大きなものまで、ほとんどの事項は2択だ。その大小存在する場面場面の2択で、そのいちいちで「どっちを選ぶのか?」が、能力というものを表している。

能力などというものは、電話の受け方1本で周囲には既に見透かされているんだ。
それでもなお、それをやっていかなきゃならない。
という時、では一体何を以て能力と言いますか?

それは結果を出すということでしょう。


ここまでが、純粋に『能力』というものを考察した話し。
現実はそうとも言えない。
多くの幸運がある場合もあったり、あえて能力が劣る方がいいという選択も存在する。
出会いが成長を助けるという場合もある。またその出会いというのも、何もその人の人柄のおかげとも言い切れない。その人をそのように成長させることが必要だっただけ、というケースだっていくらでもある。

つまり本当に重要なのは、能力云々などという屁理屈ではなく、そのことにどれだけ意思を持って臨めるか?ということにある。

大よそ世論で上がる雇用や待遇に関する能力論というのは、「何も別にそこまでそれをしたいわけじゃないし..」などというような、オイシイ話しをうらやむ話しでしかない。
そしてまた、そのような個人を責めているのでもない。
何故なら、それもまたこの恵まれた環境が育ててしまった人格であるからだ。

結論として、能力に合わせろ!などといった発想を捨て、もっと違う着想で取り組んでいく必要がある、ということだ。

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  1. 2010/12/29(水) 21:34:02|
  2. 世論・識者・議論
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

やわらか戦車

けっきょく運命の分かれ道を左右するのは
能力でも適応力でもなくて

単に相性の問題というか
その場の関係性なんでしょうネ
  1. 2011/01/14(金) 11:19:57 |
  2. URL |
  3. 27 #-
  4. [ 編集 ]

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