7年経ちました

55政党というブログからの

それでも構わないと言っているんだ 

今日目に付いたのは、「民主党の弱点を突いている」と思い込んでいる記事だ。

【争点再考 ’09衆院選】(中)憲法 迫る国民投票法の施行 ---MSN産経
(野党3党連立政権)「政権交代」とは民主党単独政権ではなく「3党連立政権」への交代である ---Today’s Eye(秀直さん)

国防や憲法改正方面は、確かに民主にとってウィークポイントだ。
がしかし、国民はそのことを分かっている上で「構わない」と言っているんだ。
そしてそれは、そこまでNO!と言われている自分達(自民達)のしてきたことをもうちょっと考えなければならない。
国民投票法は安倍さんががっつりと推し進めたものであるが・・ 国民の側に憲法改正論の機は熟していない。
大切なことなら、国会で議論をし、世論の話題に上げることだ。
郵政は・・ こんなことあってはならない。あれだけの支持を得た事項を差し戻すなんて(本来なら)とんでもないことだ。
が、民主は一応「戻すことはしない」と言っている。株式売却を凍結することは言っていて、100%株主のままじゃあ、確かに民営化じゃない。が.... 秀直さんがなんと言おうと、麻生自民だって後ろ向きだったわけで、そしてその麻生自民で行くと決めた以上、今の自民がそこを突けるわけがない。

ここの部分の必死さを見るにつけ、●各地にくまなく公的機関が存在することがよっぽど重要なのか... ●特定郵便局長さんの地元の意向とはとても強いものなのか... ●公務員の雇用を崩すことがとても大変なことなのか... などと思いを巡らす。

民主は、政策集INDEXにて公務員への労働基本権の付与を謳っている。これだけはせめて通してもらいたい。官公労組に支持してもらっている以上、民主が断行できるのは官僚機構のみだ、それは仕方がない。


消費税率なんだが・・ “数年間据え置き”が取り上げられ続けること自体に不信感を覚える。
民主は消費税を全額最低保障年金(一律7万円)に充てると言っている。ということは、消費税を上げるものなにも... それはこの最低保障年金をどう賄うか?という意味になるんだが...。
んだから消費税増税の話題は、今後は必ず、年金問題ということになる。


最後に、ちょっと逸れるんだが... 国防方面。
PAC3全国配備へ 北ミサイルの脅威、対応強化 防衛省拡大方針 ---MSN産経

防衛省というのは恐らく、細部のそっこら中に無駄な予算が使われている。
情報があるわけではないんだが・・ 防衛省の購買活動はかなりのどんぶり加減だ。これじゃあまさに、担当官&癒着企業天国... 各セクションの予算積み上げ型方式は防衛省には不向きではないのか?
第一、国防のことなのに、このような新たな取り組みを、こうやってわざわざオープンにしてPRして予算を勝ち取るようにしなけりゃなんないものなんだろうか?


民主には、そんな予算組みの流れ自体を変えることを期待したい。





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これは以前から反対し続けているんだが・・
交差点の危険を車に通知 警察庁、500カ所整備へ---Asahi.com

これはダメだよ、基本的に。
とんでもない大規模に... まさに官製産業の柱となるような規模で実施していかなかれば意味がないシステムだ。逆に言うと、将来は大規模に展開していきたいに違いない。

まずモニターを見る余裕があるなら、横から来る車には気が付ける。
事故とは、そうでない状態にある時、通常では考えづらい動きがあった時に起こる。
ここの部分の効果とは、「信号無視して暴走してくるような車がいます。」というケースのみで、さらにそのシステムを設置している交差点で、そのシステムを設置している車のみに実現できる。

交通のプロならそんなことは分かっているに違いない。これは監視カメラを増やしたいか・・ はるか将来の交通網への第一歩と捉えるしかない。

さらに、バイクや歩行者等の巻き込みについて、ドライバーが通常は当たり前に注意していなければならない事項なんだから、当然ほっとんどの警告のケースでは意味をなさないハズだ。そうでなければ、警告されてからでは間に合わないタイミングまで待って判定が出されるシステムにしなければならない。
つまり、オオカミ少年現象で効果は無効化されてしまうことが容易に想像できる。


そして、このようなシステムは大規模でなければ効果はないが、大規模になればそのことによる事故も増える。完全に実現されれば、ドライバーもそれに依存されるわけなんでシステム不具合で事故が起こることになる。「そんなバカな・・」と思うならば、そもそも大規模に実施される必要がないハズであろう。

導入したいと思って思考を始める人にはそう思えないかもしれないが、ただ単に想像できる人であれば、そうなることは容易に想像がつくハズだ。


それでもどーしてもやりたいというならば、せめてモニターをやめるべきだ。
音声だけのシステムにしても効果は全く変わらないだろう。
事前にモニターチェックして周囲の出方をうかがうようならば、運転をやめるか、信号のいらないシステムまで視野に入れていかなければ意味がない。
システムの設置されていないようなホントに小さな交差点などでは、それこそ命がけの思いであろう。そういう意味では、車を減らすための活動なのかもしれない。


完全に、安全・安心の方向性を間違っている典型的な発想だ。


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思考停止社会 

郷原信郎さんの本を読んでみた。

思考停止

私は以前から「コンプライアンス重視」な姿勢を批判している。
アメブロ時代の記事では、それ絡みで郷原さんの記事を出したことを記憶している。

本の中身に入ろう。
伊藤ハム
不二家
耐震偽装
村上ファンド
ライブドア
ブルドックソース
アーバン(不動産)
など、ここ数年で散々叩かれた企業群の問題が、出ている。
ジャッジ判断の深さが、細かく丁寧であり、そのことに携わっている方なんだな~と感じさせる。
不二家の件は文中にもあるとおり、ご本人も実際に携わっている。
伊藤ハムなど・・ 偽装でも隠ぺいでもなく、そもそも伊藤ハムの問題ですらないと良く分かる。
金融方面は、どうやら詳しいからこそなんだろうが・・ ちょっとこの判断には一般市民としては同意できない。

そのような一連の企業の問題から始まり、経済司法→裁判員制度→年金改ざん→メディア→社会政治へと話しは進んでいく。

かつては、政治で決められる「法令」の部分と各自が勝手に律する「遵守」の部分はきちっと棲み分けがされており、「法令」の範囲が狭かった。しかし今はその範囲が「遵守」部分にまで拡大してきている。....とこれでは暗に自由拡大への批判になってしまいそうだが、郷原さんの結論としては、
『法令を中心にして市民が理解し協力し合う「真の法治社会」が必要』
『立場の違いや専門知識の有無の違いを超えて、関心を持つ市民が共通認識を持つことができるようにコミュニケーションを図り、対等に話し合い理解し合うフラットなコラボが必要』
『企業・官庁・消費者・国民との間に健全なコミュニケーションを図っていくことが必要』
・・・と結んでいる。

冒頭部の各企業の問題についても、企業と社会と法適用者のその間を注視した話しが進められている。
不二家では、「発覚したら雪印の二の舞」という言葉が社内で重みを持ってしまったようだが、これを持ち込んできたのは外部コンサルだという。伊藤ハムは、ジャッジした保健所。耐震偽装は現実と建前の狭間。ライブドアは経済司法の能力の低さ。ローソンの鯖寿司自主回収の件も含め、現実と適用の狭間を世論によって判断が動かされるサマが映し出されている。

この辺、55政党では、それぞれ各個人の人間性の問題として取り扱ってきているが・・ これを読んで思ったことは、『最初のヒステリックな状態でジャッジをしなければいい』ということだ。ヒステリックな状態のまま現実を動かしてしまうことが間違いで、現に私たちは結局雪印と不二家の罪の重さの違いをしっかりと分けている。ミスドはハッキリと覚えているが、伊藤ハムなど覚えていない。
注目され、話し合われていけば、結局多くが正しいと感じられる地点に着地できる。

私は以前から、「すぐに対策案を用意するクセ」を深刻だと扱ってきた。むしろ社会からユーシューだと評価されているような人間こそそのような行動を取ることが多いのだが・・ それはここにも繋がっている。
社会問題として取り上げられそうな案件に関しては、すぐに対応することこそ一番深刻な可能性がある。郷原さんのように、消費者や関係各所の意見も取り込んで(巻き込んで)メディアで議論されていくことこそが最良の地点に着地する可能性が高いということだ。
伊藤ハムの件など、しっかりと説明されれば(メディアがしっかりと伝えていれば)問題となるハズがないものだ。日々工場で使用する地下水の水質管理が行われている中で、シアン化合物の値がオーバーした日があった。それを「地下水を使用する周辺はダイジョブなのか?という思いを含めて保健所に相談にいった」ということだ。それに対し、保健所はそのような水で食品を作っていることを問題だとジャッジしたそうだ。
最悪、マスメディアが面白がって取り上げるのはしょうがない(諦めるべきだ)、そしてそれを見た消費者は当然過剰反応をする(これもしょうがないだろう、そんなニュースを見たんだから)。問題なのは、そこで何かを確定させてしまうことだ。
よくよく細部詳細がハッキリしてくれば、それが問題だったかどうかは分かることだ。つまり決着まで議論していく環境、追っていくメディアが必要だということになる。
これこそがハイエク的自由主義の真骨頂であり、私が言う新自由主義とはここにある。


最後に、裁判員制度への意見は全く賛成できない。
「以降に問題を残す」としているが、そもそも専門職がジャッジしていくことが現実的妥協だ。
そうはいっても、全体としては、この論点(視点)自体が一番大事なことだし、とても参考になった。


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どちらもこのところ特に取り上げている内容なんだが...

(日本郵政)与謝野財務相と菅選対副委員長が正論である
---中川秀直さんのブログ

「安心・安全」はタダではない
---池田信夫さんのブログ

まず日本郵政。
秀直さんの話しで行くと、鳩山大臣は「刺し違える」しかないほどの段階まで自分で追い詰まってしまっているようだ。ホントにそこまでしなきゃならなかったんだろうか... 引くに引けなくなっただけなら、いくらなんでもきっかけはほんの小さな人間性の問題だ。
そうまでしてでも通さなきゃいけないとすると、これはよっぽど深刻なことだろう。


次に、「安心・安全」なんだが・・
これは経済財政諮問会議へのレスポンスだ。先日私も取り上げたが、負の消費税も取り上げていたところは見逃していたが、全面的に同意する。

ここで取り上げたいのはその本筋以外の部分だ。
池田さんの記事内に「私が「終身雇用を廃止しろと主張している」などというばかげたコメントが多いが~」という記載がある。これは私の意見でも、そのように解釈してしまっていた。勝間さん論を取り上げただけだったんだと解釈しておこう。

次に、このブログのコメント欄がとても気になった。
・「安全・安心」はもうたくさん
・「安全・安心」は大事だが、費用効率の問題。
・日本は十分に「安全・安心」
というような視点での意見が多いが...

ここは本来、「安全・安心」の実質を問うてはならない。
●「安全・安心」は、行政機構の強化のためのキャッチでしかない。
●現にそこを大事にする国民は、「執着した幻想」が拡大しているだけであって実質とは関係がない。

ここを何故厳密にしなければならないかというと、今の時点から問われる「安全・安心」には、もう実質はない。しかし、このままだと実質を問われ続ける。
「あんたにとっては大事じゃないかもしれないけど、私には大事なんだ。」と言われればそれで事足りてしまうということだ。
「安全・安心」に実質などない。そこへの執着を、どの程度ので止められる(自制できる)かどうかこそが人間性だ。「不安-安心」のメカニズムとは、動物としての能力だ。
それが社会によって保障されるようでは、動物として問題がある。
そして、社会にとってそれが大事であり、日々の行動もそこに係っているというならば・・ その人の人生の多くは動物としての人生という意味だ。

日本がこれ以上「安全・安心」になろうものなら(なりませんけどね)、それは外来種が侵入してきたらたちまち絶滅の危機にさらされるような人種となるだろう。

昔私が喫茶店でアルバイトをしていた時、店のエントランス付近をモップ掛けしてそのままモップを外の置場的なところに置きっぱなしにしていたら、先輩店員のイラン人は「ダメダヨー、モップ盗まれちゃうヨー」と言った。
また、以前渋谷で人と待ち合わせをしていて、車をエンジンかけっぱなしで路駐して、広場のハチの方に迎えに行ったら、欧米人らしき人が「車盗まれないか?」と言った。

当時としてはどちらの意見にも「え?」という感じだったが、この国の外にはそのような発想が当たり前の外来種ばかりがいるんであり、これ以上「安全・安心」を拡大させてはむしろ危険だろう。

いやしかし・・・ 今はどちらも可能性を感じる。それは外国人ではなく、日本人にだ。
では、「安全・安心」が減ってきているのか?そうではない、これは人間性が変質してきているということだ。生み出しているのは私たち自身で、それを制御するための社会装置を増やしていこうと何しようと、原因を変えなければどうしようもないことだ。

私がここで日頃から大事にしている主張の多くも、そのことに係っている。
①見張り且つ、信じる
②目的のために手段を選ばないことが悪

①については、この様な社会の実現こそが、何より素晴らしいことであろう。
②についてだが、合理的人間性がそれを作り出している。理に叶うことが人間性ではない。
※「どっちにしろ、金のために働いてるんだろ~」という意見の人が多いが、それを納得する人間は、今一歩自身への理解が足りていない。目的とは意志だ。“目的が金”じゃあ... それではあなた自身である必要がないどころか、人間である必要すらない。


無罪を証明できなければ有罪になってしまうかのような世の中が、合っているハズなどない。

今の時点から強化しようとしている「安全・安心」とは、そういうことだ。


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「日本型安心社会」の構築 

首相官邸で「安心社会実現会議」(座長=成田豊・電通最高顧問)というのが開かれたそうだ。

「日本型安心社会」の構築を―安心社会実現会議
---CBニュースbyキャリアブレーン

「安心・安全」の脅威はとどまるところを知らない。
もしホントに、国民がこのごろの世論のように「安心・安全」を追い求めているとするならば・・ それは日本の敗北であろう。

記事の中心は麻生総理の話しになっている。
矛盾だらけで是非読んでもらいたいのだが・・

まず何よりの深刻とは(この記事はあたかも社会の不安が拡大しているかのように思えてしまうが・・)
●社会は昭和時代とは比べものにならないほど「安心・安全」になっている
●にもかかわらず、「安全・安心」が脅かされているという解釈が広がっている
・・・そのことにある。

「個人の勝手自由の拡大」と「不安を煽る世論」が作り上げるどうしようもない社会こそがアメリカンスタイルであり、日本もその傾向が強い。

事実は、「安全・安心」が脅かされているのではなく、「安全・安心」を追い求める執着心が拡大しているだけだ。
何度も言っているように、ホントに「安全・安心」を求めているというのならば、北朝鮮が日本にミサイルを打ってくる確率よりも、豚インフルに感染する確率よりも、ずっと関東大震災が起こる確率の方が高いんだ。
●本当に私たちが「安全・安心」を求めている
●その上で、政府が対応しなければならない
というのならば、まず真っ先にやるべきことは、①首都機能の移転or分散 ②本社機能の移転or分散の勧め だということになる。

私たちは、本当は「安心・安全」など求めていない。
気になってしまうネタに執着しているだけなんだ。

「安全・安心」を煽って行動を正当化させる手法というのは、時の権力やメディア(特に広告戦略)にとって一番手堅い手法だろう。

この会議は、最高顧問が電通の人間であり、しかも官邸に設けられている。
いくらなんでも、そこまで露骨にこのような悪質な行為が行われていい理由などない。
『不安』とは最もスバラシイ広告戦略---55政党


ちょっと記事から一部抜粋しよう...
■■□
会合では、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆が、現在の厚生労働省が行政官庁として「肥大化」しているなどとして、「雇用・年金省(庁)」と、「医療・介護省(庁)」に分割することを提案。一方、麻生首相は「国民生活に力を入れる省をつくったらどうか」などと述べ、「国民生活省」構想にも触れた。
□■■
この話しは、会話のキャッチボールにさえなっていない。
“厚生労働省が「肥大化」”とは拡大傾向に触れているということだ。
舛添さんが言ったように、「厚労省は担当分野が多すぎる」というのであれば、それは分割をすべきだとなるだろう。
ところがこのように「肥大化」と言っているものに対し、分割してしかも新しい省庁を作ろうか・・・などと、それはつまり肥大化ということだ。

肥大化している!という指摘に対し、「じゃあ、もっと肥大化させようか!」と答えているんだ、この総理大臣は。ちょっと、いくらなんでも.... 正直、というか率直に言って、「この人が総理では問題がある。」だろう。


あえて言うなら、昔と比べて「安心・安全」が縮小している部分かもしれないと思える部分・・
それは●「お上」がちゃんとやってない ことにある。「お上」とは、政府・行政のことだ。
それに対する回答が、「お上の拡大」でいいわけがない。

一昔前は、政府・行政への信頼がもうちょっとあった。それは情報隠ぺいのおかげでもあるが、実際にそのようになってきていると解釈されてもしかたがない現状であろう。



「安心・安全になっとくぶんには問題ないんじゃないの?」
....そう思う人もいるだろうか、であればもう一度最初から読んで欲しい。
社会に対する「安心・安全」は明らかに増えている。
今追い求めているのは、「不安への執着」であって、それは妄想とも幻想とも言えるものだ。自分らで作りだした幻なんですよ。
つまりそれは人間性ということなんだが、それは「幻」だから、その幻覚を作り出している当人を治癒させない限り、一生消えることはないということ。

そして、電通など広告戦略で不安を過度に煽って、消費行動に結びつけるだけならまだマシで、不安を過度に煽って公機関を強化することなど問題でないわけがない。

この総理は危険人物だ。
恐らく、自身の視点に固執して、このような視点が存在することを知らないだけなのであろうが、結果的に危険であることには変わりがない。一刻も早く変わってもらわなければならない。



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