55政党

[ 何を選ぶのか.. どうやって選ぶのか..   いや、それ以前に選ぶことができないことが問題だ ]

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幼稚園は教育機関、保育園は厚生機関

幼稚園と保育園の統廃合の議論は、自分も少しは賛成のように声を上げたこともあったかもしれないが・・
幼稚園というのは教育機関だ。
そして保育園は厚生機関。
まったく機能も役割もニーズも違う。

認定こども園 トップページ

どちらも義務ではないし、私立を基本線としておく。
なのでサービス競争というかニーズに応える動きとしては、幼稚園が保育園的サービスを付加し、保育園が幼稚園的サービスを付加することはあり得る。
但し、どちらも社会に必要なサービスであろう.. この統合は取りやめるべきだ。

あくまでも問題の根本は、資格と行政、公共法人と行政にある。
あえて子供の不平等をここで問題にするなら、

①幼稚園も義務教育とする
②幼稚園が終わった後に世話をする機関をひとくくりにする(託児所と保育所)

・・とするよりない。
産業分野自体を、行政が握っているような世界観はもう終わりにしようよ。

  1. 2010/04/10(土) 16:19:51|
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優秀な方々の発想は、実に残念だ

BLOGOSでは食糧自給率の話題をピックアップしている。
今のところ自給率UP賛成の意見がちらほら.. という程度。
日本の食料自給率と他国の農業政策
食糧自給率について


現在、私のような多くの一般大衆にとって、中国などの安価な食糧は欠かせないものになっている。
外食・加工食品ほか、激安路線が存在しなければ.. とうに“生きてくために働くだけ”状態だったろう。
中国元が上がりそして豊かになって、とても中国からの輸入では価格を維持できないことになったら・・ 新たな新興国が現れるか.. 自分らの国で作るかするしかなくなっていく。

しかしここで重要なのは、そのようなブームは果たして国家が作ったのか?ということ。
そのような流れに完全に任せていては.. 今頃はきっとコメさえも輸入になっていただろうことは容易に想像できる。
そしてそんな時間が1世代分ほど過ぎれば、もうコメを作れる人もノウハウも農地も枯渇してしまうだろう。
その時になって慌てて対応していくようじゃあ.. 一時的に混乱が生じる。

そんなことにならないよう、主食だけは維持しているんだ!として.. しかし、そもそもの大きな流れは国家が作れているのではない。
つまり、国家主導で産業を進めていく姿勢に問題があるんだ。国家にできることは精々、ノウハウの蓄積と農地確保であろう。

世界で現在利益を出しているような方々とは、今の大金をせっせと将来の長いお金に換える努力につぎ込んでいる。
次に来る時代に必要になるであろう技術やノウハウや人材(企業)確保に精を出しているんだ。
アメリカであればそれは大変に成功した個人がやっているが、中東や北欧などでは国家自身がやっている。
日本では、長くて強いお金は官製主導.. 国家が民間企業を支援してきた。民間から集めたお金でわざわざ民間のために使って下さる。まあ企業は将来の長いお金など使えない!という性質も持っているから、そのような地道な調査・研究は国家がやってく形でいいかもしれない。

先々をシビアに分析するのはいいが、そのあとに取るべき行動とは“ポジションに見合った役割の実行”であろう。
その上でも「農業囲い込みが必要だ!」というならば、それは国営事業にすべきという意味になる。欠かすことのできない国家の使命ということであるんだろうから..。
そうではないというならば、「50%に上げるよう国の金を流す。」というような発想はホントにお粗末だ。その金はもっと違う方法にすべき。
ここにきて疑問になるのは、事業仕分けで・・ 「ああいうことをされるからこうなる。」と言われても仕方がない仕分けをしたんだろうか.. だったら、民主がやっていることはどうしようもないということになる。


①いずれ来る危機に対応しておく
②日本の素晴らしい食糧を戦略品にしたい
③地方になにかしら産業を配りたい

これらはそれぞれ別々に対策するよりない。同じようなところに資金を流すことによって、それぞれを思惑しているセクションがその枠組みからある程度づつ分け前を吸い取っていくような作戦は.. 結局どこも成功しないんだ。
そもそも①と②では、作るものも産業の構成の仕方もまったく異なる。むしろこの事業はあい対するものだ。

そして③絡みだが.. 特に今の民主政権は、郵政・公務員ほか地方に人手と資金を流したがる傾向が強く、農業政策ももしかしたら地方分権の準備に入っている可能性はある。
それならそれでいいのだが.. 国家主導び産業醸成など上手くいってないんだ。そこの発想を変えてかなきゃならない。

「じゃあ、どうすればいいんだ!」
→自分で考えろ。
「食ってけない!」
→最低所得保障でやってけばいい。
「未来が見えない!」
→自分で何とかしろ。“見える-見えない”とは、読んで字のごとく、当人自身の問題だ。

大体、都会にいてもなんとなくチャンスは転がってる風でしかない。
“そうであるからなお始末が悪い”可能性すらある。いっそ今繋ぎとめているものを壊すしかない環境のほうが幸せなのかもしれないくらいだ。



大体、日本では種蒔きゃあ、どっからでも食物は生えてくる。
だから重要なのは
●一旦耕作放棄した農地はどれくらいでまともに収穫できるようになるのか
●現実的に実践できるノウハウのリレーは可能か
くらいなんだ。

“5年はかかる”というのならば、危機が来る6.7年前から始めればいいだろう。
せいぜい、モンサントのDM食物に頼らなくて済むようにしておくことだ。

最後に、冒頭で取り上げている方々の意見の中に「経済で語るな」というのがあるが・・ 食糧とは経済だ。そして経済とは生きることを言う。屁理屈ではない。かつては“生きてくために働く”状態で、それでよかった。今は違う。生きること自体に迷っている程だ。食自体を楽しむという生き方もある。しかしそれは大変に贅沢な生き方でもある。食糧はエネルギーでしかない人は、牛丼チェーンとカロリーメイトで済ませる。
食と経済は切り離してはいけない。
第一、コメ以外の食物およびコメを作るためのもののほとんどは、結局輸入にどっぷり漬かっている。
飼料とか、加工用食材とか...。
食糧とは経済.. そうでなければ安全対策ということになる。
であれば、手段は変わってくる。

食糧自給率という数字が重要なハズがない。
もうちょっと、何がしたくて、何が問題なのかを見えるように話すことから始めなければならない。



【同日夕方追加】
さて.. ちょっと時間が出来たんで朝の食料自給率関連を追っかけていた。
それでツイッター絡みから興味深い記事を見つけた。
インチキ食料自給率に騙されるな! ---農業経営者2008年10月号

私には何の知識もない。食料自給率という数字を追っかける姿勢に疑問を呈していただけんだが・・ この記事によると、そもそも食料自給率という数値自体が問題らしい。
この記事の内容は、官僚統制機構のサマだが・・ であれば今の民主の姿勢は、農家にばらまきたいのではなく、農協と手を組むためだと妄想しておくほうがよさそうだ。

そしてこのような動き方は小沢さんの近くにあるものであるから.. どうやら私は小沢さんを買いかぶり過ぎていたのかもしれない。






  1. 2010/03/29(月) 10:58:45|
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『生活保護家庭が月々携帯代25,000円』が話題

【ネット】「生活保護なのに携帯代が月2万5千円?」「うちは働いてるのに生活保護以下の生活…」 母子家庭の新聞記事に疑問の声★2 ---2ちゃんねるニュース速報+ナビ

それどころかこの書き込みの中に、44:
あれだろ、この24万円プラス、母子加算で5万円、さらに児童手当で5万円の
34万円になるんだろ?
それで所得税、住民税、医療費、健康保険料、年金掛金、NHK,バス、もろもろすべてタダなんだろ?
年収手取り400万円になるのに?


・・・とあるが、ホントか?手取り40万くらいに相当することになるが...。
まあいいや、今日ここで触れたいのは55政党がここのところ触れている『必要な人に手が届く行政』についてだ。

●ルールを厳密に決める
●提出書類を厳密にする
●上層部や市民や余計な監視をする方々のために説明ができるものもそろえる
●以上、一律に提供する

このような形態の行政が問題があるわけだ。
話しは至ってシンプル。
生活保護の話しであれば、例えば○○市では生活保護課がそれを扱うとして・・ 
●それぞれ個別ケースに見合ったジャッジができるよう... その個別判断をその部署に任せる。
●その長へのジャッジを、サービスを受けている人の個人情報に触れない範囲で行っていく。
●望ましくない状態だという事例が報告された場合に、必ずチェックをする。

この構造が可能になるような法設計にする。
それだけで十分だ。
言い訳を探せばいくらでも出せる。しかし、それが望ましいのならばそれを目指さねばならない。


もちろんこれは、生活保護に限らない。
書類による平等や公務員の責任回避のために制度を合わせていては・・ いくらなんでもお粗末だ。
実質のある個別丁寧な判断と部署への信任... 国民は情緒的にならず、そのような分業を実現していかなければならない。

立法も、法律を新たに作ったら、任せる部署と長を決める。任せることとジャッジを受けることは常にセットであり、また、その判断内容は正確性(個別の実質に見合っているか)を目安にする。
そのような曖昧かつ不安定なものでは、気持が納得出来なかったり、恣意的な判断を疑う気持ちに執着してしまう人もいるだろう.... しかし、それが実現できて初めてまともな行政だ。


55政党では先日、全国民を秩序化に置いておくことを重視する現行メカニズムを、『秩序重視型行政主導スタイル』と命名した。
現在の行政とは、それでは行政ではない。政治だ。





  1. 2009/10/29(木) 08:34:33|
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本当に必要なところに手が届かない公共サービスなどいらない

昨日の主張とかぶるが・・・
本当に必要なところに手が届かない公共サービスの存在する意義って.... あるのか?


国家を運営するにあたっての秩序と効率を重視してきた今までの行政は役目を終える。
突き詰めれば自由経済の成熟と個人主義の浸透がそれを望んでいるんだろう。


池田さんの『希望を捨てる勇気』は半分ほど読み進んだ。
いつもならこのあたりでまずは一本入れるんだが・・・ 今日は飲んでしまってるんで明日以降にしよう。
ただ... 正直、驚いた。
学者が良く用いるような.... 環境や範囲を限定して明快な答えを出す、ロクに現実の役に立たないようなものとはわけが違うリアル論だ。
そして多くの内容がブログの内容と重複してるが、それでも総合判断的流れが存在する分、それぞれバラバラに存在していると思われた多くの主張が統合されていて、驚かされる部分があった。

私はどうだろう... 1年ぐらい前からか、池田さんのブログを読み続けているが、それでもまったく意外な内容もあった。それに抽象的に主張している内容が具体的な何かを指しているんだと分かったものもあった。


まあ、あとは追って。



  1. 2009/10/16(金) 20:58:48|
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行政の意義

私はひと月ほど前、千葉県某所でネズミ捕りに引っかかり、スピード違反を取られた。
そして先日は、『運転中携帯画面を見ていた』で捕まった。

どっちも事実ではあるんでしょうがないんだが・・
スピード違反のときは明らかに遅くてむしろ危険な車が2台いて、ずっとその後ろを走っていたんだが、その道はまもなく片側2車線になる。なった直後は左車線に路上駐車がいたんで、その先の安全なゾーンに入ってから左から追い抜こうとしたら、そののろい車がやや速度を上げてきた。結局追い抜いたんだが・・ その先にスピードを図るワンボックスが止まっていたようだ。

そして携帯のほうは、携帯を上着の右ポケットから助手席に置いてあるかばんに突っ込むために取り出した際に画面が開いている状態で、そこを目視されている。
その日は夜まで車に乗っていて、コンビニを出るときに、入ろうとして反対車線で待っている車がいたんだが・・ こいつが思いっきり携帯で話しながら待っている。かなりリロリロと携帯が光っている。
んで、入ってこれるタイミングで入ってこず.... んだからこっちが先に出ちゃおうとしたらそのタイミングで突っ込んできた。その運転席の表情はそれでも話しが盛り上がっているようだ。


繰り返すが、違反は違反でしょうがない。
ただ... 安全な場所やタイミングは私が計っている。それで違反を取られるのはそもそも迷惑な話しだ。ほっといてくれ!と思う。

しかも、スピードで捕まった道路は、それほど交通量がないわりに片側2車線で、横断歩道が無く、そして中央分離帯の切れ目で転回してくる車がある。見通しは良く、一番危険な行為は無理に渡ってくる歩行者が見えない路上駐車と、そして転回しようと顔を出してくる車をよけるためにやや左に車を寄せたら左車線が狭まるんで路上駐車が危ない。

法律上では危ない行為者ということになるんだろうが・・・ 正直余計なお世話だ。
その場面では路駐のほうが危ない。それで私は捕まる。普段なら50キロくらいで走っているところをそんな理由で63キロになったから捕まる。


方や世の中には、ホントに危険な運転の人間がいる。
ホントに必要なところに行政が何も出来ないのならば、行政のある意味が無い。
警察など特に、問題のある人間のほうが難を逃れるケースが多いハズだ。

果たしてホントにそれは必要か?


今日はモジックスさんで面白い記事を発見した。
信号や標識を撤去すると、逆に安全になる?ハンス・モンデルマンの「Shared Space(共有空間)」


これはまんざらでもない。十分にありえる話しだ。
但し、交通法規(機)はむしろ効率よく運行できるために存在していると捉えるベキなので、これは法治や秩序を考える上で大変に重要な視点だと思う。


ルールを守ることで秩序を形成することも可能だろうが・・・ その方向は最終的に、そもそもの目的を無意味化してしまう。(車の場合、それを使うことが面倒になる。)
ルールとは結局、私たち自身も進んで従うものに良い効果があるのであり、この部分こそ私が最初にハイエク(マンデビルさんヒュームさんだったか...)で学んだ内容だ。


この話しと、以前の『本当に救いの手を必要としている人に届かない』を含めて、もっと検討していくべきだ。



  1. 2009/10/15(木) 09:23:17|
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【一般市民の側から政治を考える】
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