7年経ちました

55政党というブログからの

飲食チェーンの正社員 

先日オランダ型雇用の件で取り上げたんだが・・
今朝は早速、2ちゃんねるニュース速報+ナビでこんな記事が上がっている。
じつは派遣より悲惨!?“ブラック化”する外食・小売チェーンの正社員たち ---ダイヤモンドオンライン

ここまず大事なのは、だからと言って監督官庁や労組にどうにかせよ!というのではない。
そういった政治的な動きに出来ることは、オランダ型短時間正社員が現状で法的に何かしら拘束があるなら取り払ってもらう程度。

私の提案は、あくまでも企業の雇用戦略として「むしろ良い効果が高く、未来が明るいのではないの?」というものだ。
サービス産業にオランダ型雇用は望ましいのではないか


「食の安全をお届けします」とか「社会に貢献します」とか.. そんなキレイごとを言うくらいなら、今そのようにある現状を分かっていて黙認することは何のメリットもない。※例えワンオーナー企業のような裸の王様状態のチェーン店であっても、この現状を知らないハズがない。つまり、これは黙認なんだ。

そして繰り返すが・・ これは労働運動ではない。
ただ単にその企業にとってより良いであろう!というおせっかいな話しなんだ。

短時間正社員といっても、別にパートを社員に!というほど極端ではない。
今までの正社員の下に、もうひとつ正社員を設けては?という程度から始められるものだ。
但し、思い切ってアピールしていきたいならより極端な形からスタートするのも良いかもしれない。

パート店長(別に店長で無くともいいけど)を正社員にすると、店舗とともに雇用は終わってしまう。
そうではなく、レギュラーバイト状態な層を新たな枠組みの正社員にするにしても、別にその店舗とともに雇用される状態であってもいい。そうすればその店舗が繁盛していかなきゃあ雇用が止まってしまうんだから、それが即ちインセンティブにもなる。
FC型チェーンの場合は、黙っていても店長さんはその店舗とともにしかない。小規模事業者なので、リスクを負えないから雇用もディフェンシブだったろう。

繰り返すが、私の先日の件は、あくまでも新卒やレギュラーバイトを想定したものだ。
新卒が17万人も「就職できない!」などとぬるいことを言ってるんだったら、名のある企業がそのような雇用形態を創造することによってそれを活用したらどうだ?というもの。

但し、そのようなことを言ってただ単に正社員の給与を抑えるだけになってしまわないか?なんて話しにもなるだろうが・・ それは時短なり店舗限定なりといった明確なラインを設ければいい話しだ。

パソナの南部さんが短時間正社員をやってると確かどっかで語っていた。
人材派遣を作り上げた人なんだから、もっとシビアな計算なり助言なりを持っているに違いない。


話しはダイヤモンドの記事の観点に戻る。
飲食産業の万年人手不足はもう.. どうにもしようもない。
私たちが知っているように、東京ではむしろ韓国人・中国人が普通だ。
万年人手不足なのに賃金を上げられない(上がってこない)のは、細部私になど知りようないが、構造的に無理なんだと思う。あとは外国人の大量受け入れしかないが、これは居住地域の問題の方が大きい。

例えば時給900円でレギュラーバイト状態の人に支えられているとしよう。
それで月150時間働いて、135000円。
これを正社員に変えて何が変わる?
ひどいところだともしかしたらアルバイトに社会保険や有給休暇を認めていないなんてことがあるのかもしれないが・・ そう多くないだろう。逆に、120時間とかに抑えたりするのか...。

ちょっとでも従事した人なら分かるだろう.. 人員・固定客・時間帯の関係は、好循環と悪循環のラインが明確に存在する。そのラインのコントロールをもっとカガクしていくべきだ。
パートには家事が、フリーターには心の中に本業が・・別にある。そのうえで働いてくとなったら、都合が優先するし、忙しくない時間帯の希望者が多くなったり、そして人手不足だからそれをむげにできなかったりしてしまう。ところが、忙しい時間帯であっても進んでシフトに入る状態はちゃんと存在する。
そして、そんな人手不足は、明らかに固定客層に影響する。

これは飲食チェーンとは違うが・・ ずいぶん前に私はカジュアルフレンチで副業をしていたことがある。その時お客さんによく言われたのが「とってもおいしいけど、いつも混んでるから..」というもの。そうじゃあないんだ。みんな金曜日にしかこない。だから金曜日にしか来ない人はいつも混んでるという。平日はガラガラだった。
そして普段よく行く飲食チェーン... スタッフの質や人数の低下で明らかに客は減ってきている。
固定客は店舗でコントロールすることは可能だ。


パートやバイトを正社員化することで、シフト拘束の権限はやや増すが、シフト全体をやや硬直化する。そしてそれはリスクでもあるが・・ 当人たちのモチベーションは上がる。
ところが、絶対数の不足には限界がある。ここで言ってるのは、頭数を増やす取り組みだ。
そしてポイントが“ちょうどいいバランスを調整するカガク”にある以上、この取り組みはやや有利に働く。


●短時間正社員という存在を認知させること
●店舗限定(数店舗でもいい)正社員雇用を許可する法整備

この2点がスタートか。

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今日は日中、月刊BOSSという雑誌を読む機会があった。

BOSS

写真のように、特集は岩崎弥太郎と渋沢栄一で・・ 
このお二人に関しては、それぞれ大変近しい人が語っており、等身大(現実に存在しうる)の2人の姿がイメージできるもので大変良かったんだが・・
それ以外の所々に、“社会に貢献する企業アピール”のようなものが出てくる。

読み進めていっては、そのようなもの。またちょっとした小ネタを読んでめくると・・ そのようなもの。いい加減イライラしてきたので書きとめておいた。


企業というのは、社会に貢献するような事業をするのが社会貢献なのではない。
いっぱい儲けた結果が、即ち社会貢献なんだ。

もちろん企業がそのようにメッセージするのはCMであるが.. このようなろくでもないブームに便乗して本業を曲げるようなことがあっては残念な話しだということになる。

企業がいっぱい儲けられるということは、ただ単にそれだけニーズに応えられているということ。
ビジネスパートナーや顧客をだまくらかして利益を吸い取っているようなものでは所詮長くは続かない。(サラリーを低く抑え続けることによって利益を多く上げることは可能だが・・ それで労働者が流出するようなら周囲に職は多くあり、とどまるようなら周囲にあまり職がないわけで、別段不当とも言えない。さらにそんな利益がさらなる発展の原資になる場合もあるし、何ならノウハウや事業ごと外へ持ってってしまうことも可能だ。いざとなったらこのような時にこそ、労働者同士で団結して交渉にあたることが可能だ。※そのような労働者が団結する機能を個別にプロパーで1本立てたりするから.. その機能だけが亡霊のように生き残ってしまう。)

私たちは、業者を選ぶにも商品を購入するにも.. その本来対象となるもの優劣を無視して選んではいない。もちろん企業姿勢を評価して選ぶのもいいだろう.. しかしそれは、提供される商品なりがそれでそん色ない程度であるからだろう。真にそのような姿勢で選ぶというのなら、最初っからその商品自体を必要としていなかった可能性の方が高い。


持続可能で、より成長をしていけるメカニズムとは、雇用も事業立ち上げも消費も.. その対象となる価値にさっさと見切りをつけて再出発していける環境にすることにある。
これでこそ、Win-Winな関係であろう。
そのような中にあってもリスクを取れない人は、それでしがみついていけばいいだけの話しだ。第一当人がリスクを取れないのだから、その状態はその人の希望している形なんだし。


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近頃は講談社の現代ビジネスというサイトもよく回るようになっている。その中に、西川郵政の件が出ていた。
総務省ガバナンス委員会がメスを入れる日本郵政「西川利権」
・・・・・・ニュースの深層 伊藤博敏

これによると、西川JP軍団は利益誘導と言われても仕方がない気配を感じる。
そもそも小泉-竹中改革の周囲を取り巻く民間の方々は、なかなか利益に貪欲な様子の面々が多い。
(それはもしかしたら今まで踏んできた手続き(秩序のようなもの)を踏まないから露骨に表に出てしまうだけなのかもしれないが..。)

但し、ここで重要なのは・・ この内容は改革自体を否定するものでも何でもないということ。
三井VS三菱、電通VS博報堂 ...そのような企業間の戦いの話しの範疇といってもいいものだ。

そして記事でさりげなくフォロー側かのように読めてしまうが・・ 日通との提携事業はむしろ、難しい事業だったわけで、露骨な利益誘導ばかりとは言い切れない。
三井住友への博報堂の接待漬けについても.. かたや電通なら電通で似たような有様だろう。ほぼ2社しかないんだから..。

そしてそもそもの震源地であるオリックスの問題.. これはここでは一切見えていない。
それ以外の細かい利益誘導部分のチカラでそれもクロであるかのような印象を与える程度になっている。
そもそも細かい利益誘導部分では、走り始めた事業を差し戻すほどの威力は無い。威力がある方で世論は沸いたが、それはまだ解明途中。そして利益誘導部分がそれをグレー側に誘導しているに過ぎない。

情報がオープンにさえなっていれば、出身母体への発注はむしろやり辛い。それこそがここで日頃主張している、シンプルでありながらも上手くいく自由主義的メカニズムだ。
ここまでやるならば、JPに限らず.. 同じように緑色のマークを掲げることの多いかつての公的法人の設立当初も遡ってもらいたいものだ。
それらが今までこのような民間の露骨な奪い合いが繰り広げられてきていたとすれば.. この一件は罪が軽減される。


繰り返すが、これらは別に改革の路線・方針自体が否定される理由でもなんでもない。
あくまでも三井住友グループを筆頭にした企業の姿勢が問われる話しだ。
そして私たちの印象としては、郵政方面はローソンの動きのように三菱がリードしている印象だったのだが・・ この件に関する三菱側からの発信や働きかけはあったのだろうか?
サハリンで問題になったロシアの姿勢さえ「極めてビジネスルールに則った手続きだった。」と言っていたのを思い出す。真に世界との厳しい奪い合いを戦っているのであろうことが覗える大変シビアな意見だ。




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さて.. 政治や行政さらには消防士や教師など公僕に近い方々のどうしようもないニュースでどうしようもない脱力感に襲われる日々だが・・

ECO技術方面のニュースが入ると明るくなる。
皆さんもそんな時は日経BPネット系のECO JAPANを見ることをお勧めする。
ECO JAPAN -成長と共生の未来へ-


今日目に入ったニュースはEV車。
日産、電気自動車「リーフ」376万円 実質299万円 -日経新聞社

実質299万円なら手が届く範囲だ。
んんだがしかし、インフラのほうが見えてこないと手を出し辛い。
今のままではせいぜい株価に好材料な程度だろう。
なのでむしろ三菱グループ待ちっつうことになるか..。

むしろ気持ちよく勢いを感じられるのは燃料電池車のほうで..
経産省の発表も燃料電池車の開発に沿った感じだと受け取れなくもない。
電気自動車、2020年80万台 経産省が次世代車戦略 ---日経新聞社
普及前夜の燃料電池【第2回】 ---ECO JAPAN
トヨタの豊田社長、「将来は様々なクルマが共存するが、短距離はEV、長距離はFCVにすみ分けていく」 ---ECO JAPAN

日経の記事は会員にならないと読めないのが腹立つが・・
とりあえず足並みのようなものは見えてきている。
EV車が短距離、FCV(どうやら燃料電池車のことのようだ)車が長距離だと...。

ということは、EV車はあくまでも“家庭で充電”を目指すんだろう。
そしてトヨタは先行しているEV車にはふれず、FCVに力を入れ、そこまではハイブリットで押していくようだ。
そしてパナソニックも燃料電池に注力していく。

まあ言っても.. EV車が本命になってしまうと、自動車メーカーの優位が保てないから.. という理由もあり、逆に言うとFCV車は意地でもEV車よりよりよいものにしていくしかない。


理由がどうあろうと..
電気自動車は私たちが心待ちにしている。
そして近頃は普通にLED電球が見かけられるようになった。
テレビも、LEDバックライト型液晶ってのが良いようだし、値段も届く。


ただどうしても気になってしまうのが・・
経産省のこの先に数値を決めてそこを目指していく発想だ。
近頃の一部上場企業もそのようなスタイルを取っているが、買う-買わないは結局私たちに懸かっている。
予算の確保こそが重要なのは重々承知している。
しかし、この方式自体は官僚主導秩序であることを逆に証明するもので・・
産学官連携で何かをやっていこうとして.. 政治が余計な茶々を入れるのでめんどくさくなる。
なのでハナっから世論をコントロールしてしまえばいい。
・・・となるわけだ。

まさに、「ハイエクを読み直せばいいのに..」だ。自由経済や市場原理ではなく、私たち自身もしっかり話しあっていけばまともなところに落ち着くんだ。
“正しい答え”らしきものを先に決めてからでないと気持ちが収まらない方々なんだろう。


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“効率的”に価値などない 

“効率的”という物差しが大変に万能であるかのように勘違いしている今どきのユーシュー風な方々の発想は未だに幅を利かせている。

効率的というのは、確かに人によって若干のジャッジの優劣はあれ、基本的にどんな人でも常時行っているものであり「こうやったほうが効率的だ!」というような指摘の多くは、まったくハタ迷惑なものだ。
人は基本的に、その時・その場・その人にとって効率的な選択を常に行っている。
効率的とは経済的ということに近く、これは生きてることと大して変わらない。つまり、大概どんな人も、生きていれば経済的な選択をしている。

効率的と生産性を混同しているとするならば、生産性とはその組織全体が生み出す生産物でジャッジされるもので・・ それは場面場面・各セクションの効率性とほとんど関係がない。
いうなれば『効率的』というのは個人的なもので、『生産性』というのは組織的なものであり、多くの企業(事業)活動は組織的な活動であろう。

「要領が悪い」程度の話しであれば、程度の差こそあれ、その人なりにいずれは改善されていく。一向に改善の兆しが見えない場合、それは恐らく“その人なりの効率的”が何らかの理由でシャットダウン状態になっているからであり、その状態である限り効率性の改善は得られない。(「判断基準が自分の外にある」「そこまで求められるほどのサラリーをもらっていない」「違う人からは違う指摘を受けている」ほか、いくらでも考えられる。)
つまり、効率性を改善するには効率性の追求以外に原因があるということ。


個人のスキルがどんどん重視されていっている現在、組織としてのカガク軽視やコミュニケーションスキルの低下は深刻なスキルダウンに繋がっていくだろう。(個人のスキル重視でも構わない。但し、その場合重要なのはそれ以外にあるということ。)



【付随する別の視点を追加した】

人間の能力として発達してきたものは、合理性的な発想方法で、これはひとえにどれだけ先を見越せるか?という能力を指す。
人間の行動が常に合理的な選択や論理的思考を採用していることはまれであり、理論的に導き出した答えを採用する手法自体が、問題解決の可能性を大きく狭めてしまう可能性を含んでいる。(それは既に、方法の一種でしかないということ。)
物事を予測する方法は、現実がどうなっていくのかを(どのような方法であれ)積み上げていくほうが現実的な手段であり、現実の社会を考察していくような種類のものは、それこそが重要なものだ。

『論理的には可能』  ・・・社会科学において、それは『妄想』と同等程度の価値しかない。


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